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福岡高等裁判所 平成5年(ネ)63号 判決

《目次》

一 主文

二 事実及び理由

第一当事者の求める裁判

第二事案の概要

一甲、乙、丙各事件の性質及び概要

二当事者間に争いのない事実及び証拠上比較的容易に認められる事実

1 前田五実について

2 矢冨亜希子について

3 山科美佐江について

4 第一審原告坂井和也について

5 第一審原告新須玲子について

6 第一審原告吉田達哉について

7 第一審原告山村誠について

8 第一審被告の地位など

9

10

11 予防接種実施規則四条の内容及びその改正の経緯

12 原判決の仮執行宣言に基づく金員の支払

三主たる争点

1 前田五実、矢冨亜希子、山科美佐江、坂井和也、山村誠につき因果関係が認められるか

(一) 総論 右の判断基準について

(二) 各論

2 第一審被告に国賠法上の損害賠償責任があるか

(一) 第一審原告坂井和也が受けた予防接種は国の公権力の行使に当たるか

(二) 第一審被告の故意過失について

3 第一審被告の安全配慮義務違反による債務不履行責任及び不法行為責任について

4 第一審被告の損失補償責任について

5 損害(損失)額の算定

6 第一審被告の抗弁

第三当裁判所の判断

一因果関係を巡る争い

1 因果関係の有無の判断基準について

2 個別的な被接種児毎の因果関係の有無

(一) 前田五実

(二) 矢冨亜希子

(三) 山科美佐江

(四) 第一審原告坂井和也

(五) 第一審原告山村誠

二第一審被告の国賠法上の責任の有無

1 第一審原告坂井和也に対する予防接種が国の公権力の行使と認められるか

2 国に故意過失について

(一) 故意

(二) 過失

三その余の責任原因について

四第一審原告らの損害について

1 包括一律請求について

2 個別的な損害認定に際しての当裁判所の基本的な考え方

3 前田五実

4 矢冨亜希子

5 山科美佐江

6 第一審原告坂井和也

7 第一審原告新須玲子

8 第一審原告吉田達哉

9 第一審原告山村誠

五第一審被告の抗弁

1 違法性阻却事由の主張について

2 消滅時効の主張について

3 損益相殺の主張について

4 その他の主張について

六弁護士費用

七結論

①事件控訴人(②事件申立人、③事件附帯被控訴人。以下「第一審被告」という。)

右代表者法務大臣

後藤田正晴

右指定代理人

佐村浩之

外一一名

①事件被控訴人(②事件被申立人、③事件附帯控訴人。以下「第一審原告」という。)

前田安人

前田喜代子

矢冨實次

矢冨富士子

山科成孝

山科ミヨ子

坂井和也

坂井哲也

坂井貞子

新須玲子

第一審原告兼新須玲子法定代理人・親権者父

新須和男

第一審原告兼新須玲子法定代理人・親権者母

新須郁子

第一審原告

吉田達哉

吉田誠剛

吉田惠子

山村誠

山村賢

山村照子

右一八名訴訟代理人弁護士

馬奈木昭雄

上田國廣

中尾晴一

宇都宮英人

下田泰

八尋八郎

田中久敏

名和田茂生

井上道夫

上田國廣復代理人弁護士

植松功

高橋謙一

坂井優

内田省司

吉野高幸

小林洋二

主文

一  第一審被告の控訴及び左の第一審原告らの附帯控訴に基づき、原判決主文第一、二項のうち右第一審原告らに関する部分を次のとおり変更する。

1  第一審被告は

(一)  第一審原告前田安人、同前田喜代子に対し各金二四二三万一三四〇円及びこれらに対する昭和五二年二月二四日から各支払済みまで年五分の割合による金員

(二)  同矢冨實次、同矢冨富士子に対し各金二〇二四万四七二一円及びこれらに対する昭和四六年六月二二日から各支払済みまで年五分の割合による金員

(三)  同坂井和也に対し金五〇〇七万一二九一円、同坂井哲也及び同坂井貞子に対し各金三三〇万並びにこれらに対する昭和三九年三月一一日から各支払済みまで年五分の割合による金員

(四)  同新須玲子に対し金七四一九万四一〇九円及び内金三五七九万〇七〇九円に対する昭和四九年八月二〇日から、内金三八四〇万三四〇〇円に対する平成五年四月一日から各支払済みまで年五分の割合による金員

(五)  同吉田達哉に対し金二六五八万一九八一円及び内金六七三万円に対する昭和四二年五月七日から、内金一九八五万一九八一円に対する平成五年四月一日から各支払済みまで年五分の割合による金員

をそれぞれ支払え。

2  右第一審原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

二  左の第一審原告らの附帯控訴に基づき、原判決主文第一、二項のうち右第一審原告らに関する部分を次のとおり変更する。

1  第一審被告は

(一)  第一審原告新須和男、同新須郁子に対し各金五四〇万円及びこれらに対する昭和四九年八月二〇日から各支払済みまで年五分の割合による金員

(二)  同吉田誠剛、同吉田惠子に対し各金一六〇万円及びこれらに対する昭和四二年五月一七日から各支払済みまで年五分の割合による金員

(三)  同山村誠に対し金五五四七万三四七〇円及びこれに対する昭和四八年三月二三日から各支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  右第一審原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  第一審被告の控訴に基づき、原判決主文第一、二項のうち左の第一審原告らに関する部分を次のとおりに変更する。

1  第一審被告は、第一審原告山科成孝、同山科ミヨ子に対し各金七一五万円及びこれらに対する昭和五二年一一月一八日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  右第一審原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  第一審原告新須和男、同新須郁子、同吉田誠剛、同吉田惠子、同山村誠、同山村賢及び同山村照子に対する第一審被告の本件各控訴をいずれも棄却する。

五  第一審原告山科成孝、同山科ミヨ子、同山村賢及び同山村照子の本件各附帯控訴をいずれも棄却する。

六1  第一審原告山科成孝、同山科ミヨ子は、第一審被告に対し、各金二七五万四五七一円及びこれらに対する平成元年四月二〇日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  同前田安人、同前田喜代子、同坂井和也、同坂井哲也及び同坂井貞子は、第一審被告に対し、別紙「仮執行宣言に基づく支払額一覧表」の右各第一審原告らに対する「第一審被告(国)支払額」欄記載の各金員及びこれらに対する平成元年四月二〇日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

七  訴訟費用は、第一、二審を通じて

1  第一審原告山科成孝及び同山科ミヨ子と第一審被告との間に生じた分については、それぞれこれを五分し、その四を右第一審原告らの各負担として、その余を第一審被告の負担とする。

2  第一審原告吉田達哉、同吉田誠剛及び同吉田惠子と第一審被告との間に生じた分については、それぞれこれを五分し、その三を右第一審原告らの各負担とし、その余を第一審被告の負担とする。

3  その余の各第一審原告らと第一審被告との間に生じた分については、それぞれこれを五分し、その二を右第一審原告らの各負担とし、その余を第一審被告の負担とする。

事実及び理由

第一当時者の求める裁判

一控訴の趣旨(①事件)

1  原判決中第一審被告の敗訴部分を取り消す。

2  第一審原告らの請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも第一審原告らの負担とする。

二②事件の申立ての趣旨

第一審原告らは第一審被告に対し、別紙「仮執行宣言に基づく支払額一覧表」記載の「第一審原告名」記載の各自に対する「第一審被告(国)支払額」欄記載の各金員及びこれらに対する平成元年四月二〇日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三附帯控訴の趣旨(③事件)

1  原判決を次のとおり変更する。

第一審被告は、第一審原告らに対し、別紙「附帯控訴請求額一覧表」記載の各金員を支払え。

2  附帯控訴費用は第一審被告の負担とする。

3  仮執行宣言

第二事案の概要

一①事件及び③事件は、ジフテリアワクチン(前田五実)、種痘(矢冨亜希子)、インフルエンザワクチン(山科美佐江)、百日咳・ジフテリアの二種混合ワクチン(坂井和也)、百日咳、ジフテリア・破傷風の三種混合ワクチン(新須玲子、山村誠)、ポリオ生ワクチン(吉田達哉)の各予防接種を受けたことにより、死亡し、或いは後遺障害を残すなどの被害を受けたとして、それらの被害児及びその両親ら(第一審原告ら)が国(第一審被告)に対して、国家賠償法(以下「国賠法」と略称する。)一条一項(一部の者については三条一項を含む。)その他により損害賠償を請求し、或いは憲法二九条三項又は二五条による損失補償を求める事件の控訴及び附帯控訴である。

②事件は、①事件につき第一審原告ら一部勝訴の判決があり、右勝訴部分の一部(認容額の三分の一)について付された仮執行宣言に基づいて仮執行がなされ、これにより第一審被告から支払を受けた金員につき返還を求めるところの民訴法一九八条二項に基づく原状回復の申立てである。

二当事者間の争いのない事実及び証拠上比較的容易に認められる事実

1  前田五実について

(一) 五実は、第一審原告前田安人、同前田喜代子の二女として昭和三七年六月二九日に出生、満期安産であり、生下時体重は三八〇〇グラムであった。生後の発育も順調で、首の座りや這い歩きも平均的であり、ジフテリア予防接種の第一期から第三期まで、及びその他の予防接種をうけたが特に問題もなく、小学校入学後も順調に成育し、五年生時には学校を休んだことは殆どなく、体格も同学年の者よりも大きかった。

(二) 五実は、昭和五〇年一月二一日、ジフテリアワクチン第四期の予防接種(以下「本件ジフテリア予防接種」という。)を受けた。右接種の実施者は北九州市長、実施場所は市立前田小学校、強制接種であり、接種の根拠は昭和五一年法律第六九号による改正前の予防接種法(以下、これを「旧法」といい、現行法については単に「法」という。)五条である。

(三) 五実は、翌二二日、右下肢痛を訴え、右足を跛行させるようになり、次第にひどくなったために、同月二五日、自宅付近の和田外科医院を受診したが、肉離れか筋肉痛であるとして湿布、投薬、電気治療を施された。

しかし、五実の右症状は回復せず、登下校の際には第一審原告喜代子が車で送り迎えし、階段では肩を貸してやるようになった。

(四) 五実は、同年二月三日、九州厚生年金病院整形外科を受診し、両下肢痙性麻痺(原因不明)の診断を受け、更に同月五日、同病院神経内科を受診した結果、両下肢痙縮と深部反射の亢進、両側バビンスキー反射及びチャドック反射陽性、両下肢の軽度筋脱力、痙性歩行等の神経学的異常所見により、脊髄炎の可能性が最も大きいが脱髄性疾患も考えられるとして、即日入院した。しかし、五実には同月一五日頃から上肢に弛緩性麻痺が現れ、同年三月一八日頃からは意識障害、水平性眼振等の脳障害が認められるようになった。同年四月三日、再度意識障害を来たしたが、同月六日頃からは四肢運動麻痺の軽快及び水平眼振の消失等一時小康状態を保っていたところ、同月二八日頃から同年八月頃まで球麻痺症状等多彩な神経症状が続き、同症状は一時軽快して、上肢の弛緩性麻痺は痙性麻痺に移行したが、依然として四肢麻痺は続き、同年九月二四日には球麻痺の悪化をきたした。

なお、五実は、同年十二月二四日、同病院を退院した。

(五) 五実は、昭和五一年五月一〇日南小倉病院に入院し、その際、眼振、構音障害及び高度の痙性四肢麻痺があり、主に四肢麻痺に対するリハビリテーションが行われ、多少の回復をみたものの、同年九月末には痙攣発作の回数が増し、同年一〇月初旬から眼球の固視が不十分で、側方凝視麻痺等が出現した。

同年一一月一四日同病院を退院し自宅療法に移ったが、同月二二日、全身痙攣、意識障害が出現したので、同月二四日八幡製鉄所病院に入院して治療を受け、一時回復したものの、昭和五二年二月には眼振が増強し、同月二四日死亡した。

(六) 五実の右症状は多発性硬化症と考えられている。

(以上については、争いのない事実のほかは、〈書証番号略〉、第一審原告前田喜代子(原審及び当審)によって認める。なお、〈書証番号略〉には、前記(三)の初発症状(右下肢痛を訴え、右足を跛行させるようになったこと)の発現時期につき「昭和五〇年一月二三日頃」とあるが、これとて、同月二五日に和田外科医院を受診した際の患者側の申告に基づいて記載されたにすぎないものと推測されるから、その他の証拠が「同月二二日」で一致している以上、そのとおり認定するのが相当である。)

2  矢冨亜希子について

(一) 亜希子は、第一審原告矢冨實次、同矢冨富士子の長女として、昭和四〇年七月二三日に出生し、その後順調に成育していた。

(二) 亜希子は、昭和四一年二月一日、種痘(定期第一期)の予防接種を受けた。右接種の実施者は福岡市長、実施場所は市立馬出小学校、強制接種であり、接種の根拠は旧法五条である。

(三) 亜希子は、右予防接種の二、三日前から風邪を引いて増田医院に通院していた。

亜希子は、右接種を受けた翌二日から機嫌が悪く、高熱及び吐き気があり、咳嗽を伴っていた。右のような状態が続いたので増田内科・小児科医院で治療を受けていたが、痙攣発作が襲来するようになり、その度に容態が悪化して、両親の顔もわからず、手足も麻痺するようになった。

(四) その後、右増田医院その他幾つかの病院に入通院を繰り返したが、右のような症状は結局改善を見ないまま、亜希子は昭和四六年六月二二日死亡した。

(以上については、争いのない事実のほかは、〈書証番号略〉、第一審原告矢冨富士子(原審及び当審)によって認める。)

3  山科美佐江について

(一) 美佐江は、第一審原告山科成孝、山科ミヨ子の長女として、昭和四四年一月二二日、予定より六日早く出生した。生下時体重は二九三〇グラムであった。

(二) 美佐江は、生後三か月位で首が座り、八か月頃には這い歩きを始め、一歳頃までには言葉を話すようになり、一歳過ぎにはよちよち歩きができるようになった。その後も順調に成育し、昭和四八年から同五〇年三月までの幼稚園時代には、一、二回風邪を引いたほかは特に病気をすることもなかった。

昭和五〇年四月小学校に入学してからも、一年生時に一回、二年生時に六回、三年生時(ただし、後記予防接種を受けるまで)に二回程それぞれ欠席したのみであり、昭和五二年一〇月の運動会でも元気に走るなどしていた。

(三) 美佐江は、幼稚園時に百日咳及びジフテリア混合ワクチン、ポリオ生ワクチン、種痘等の各予防接種を受け、また、小学校一年生時からインフルエンザの予防接種を受けていたが、いずれも特に異常はなかった。

(四) 美佐江は、昭和五二年一一月一八日午後一時二〇分頃、インフルエンザの予防接種(以下、これを「本件インフルエンザ予防接種」という。)を受けた。右接種の実施者は福岡市長、実施場所は市立壱岐南小学校講堂、強制接種であり、接種の根拠は法六条である。

(五) 美佐江は、本件インフルエンザ予防接種前から風邪にかかって微熱があり、鼻水と咳が出ていたので、同月一四日広田医院で吸入療法を受け、内服薬を三日分貰い、翌一五日と一六日にやはり吸入療法を受け、更に一七日には吸入療法のほかに筋肉注射を受け、三日分の内服薬を貰っていた。

接種当日も、午後五時頃帰宅してから広田医院で吸入療法を受け、広田医師から以後通院しなくてよい旨告げられた。

美佐江は、当夜、夕食後宿題をして、午後一〇時頃就寝したが、翌一九日午前一時五〇分頃、起き上がって咳をし始め、足が冷たいと訴えた後、トイレに行き、戻ってきて布団に入ろうとしたが、「足がなくなるよう。」(「足がなくなりつつある」の意)と言ってぐにゃりと倒れ、意識を失うと同時に痙攣を起こし、目を見開き、顔を紫色にしており、歯をくいしばっていたため、歯が数本折れ、下唇も切れた。同日午前二時八分頃、救急車で豊福病院に搬送されたが、既に死亡していた。

(以上については、争いのない事実のほかは、〈書証番号略〉、第一審原告山科ミヨ子(原審)、同山科成孝(原審及び当審)によって認める。

(六) 美佐江の遺体は、同月二〇日、福岡大学医学部法医学教室永田武明教授により解剖に付された(病理学的診断は同大学第一病理学教室菊池昌弘教授による。)結果、胸腺に悪性リンパ腫があり、脾臓、肝臓にも浸潤が認められた。(右は〈書証番号略〉により認める。)

4  第一審原告坂井和也について

(一) 和也は、第一審原告坂井哲也、同坂井貞子の長男として、昭和三八年一〇月一八日に出生した(生下時体重は二六五〇グラム)。同児を妊娠中、貞子には軽度の貧血があったほかは特に異常はなく、正常分娩であった。

和也はその後順調に成育し、生後三か月で首が座り、三か月過ぎにはお座りをし、寝返りを打つようになり、笑みを返し、ガラガラで遊ぶようになっていた。

(二) 和也は昭和三九年一月二九日に百日咳及びジフテリアの二腫混合ワクチン(以下「二混」と略称することがある。)(第一回)、同年二月四日に種痘、同月一九日に二混(第二回)、同年三月三日にポリオ生ワクチンの各予防接種を受けていた。

(三) 和也は、昭和三九年三月一一日午前一〇時頃、福岡市南区大橋所在の大山小児科医院で二混(第三回)の予防接種(以下、これを「本件二混予防接種」という。)を受けた。

(四) 和也は、本件二混予防接種前の同年三月一日から咽頭発赤等により前記大山医院で吸入療法と投薬を受けており、接種当日の午前一〇時頃にも、少し風邪気味で鼻水が出ているということで同医院を受診したところ、急性扁桃腺炎ということで咽頭にルゴール液の塗布を受け、アミノピリン等の薬剤を貰った上、接種を受けたものである。

(五) 和也は、同日午後四時頃、急に大人の喘息のような咳をし始め、咳の度に身体をバタバタとはね飛ばして痙攣を起こし、貞子が抱き締めると右痙攣は一応止まったものの、手足が紫色になり、目が据わって反応がなく、更に右同様の痙攣があり、段々ひどくなるため、同日午後五時頃再び前記大山医院を受診し、前記アミノピリン等のほかルミナールの投薬を受けた。

和也は、同月一三日から一七日まで毎日同医院を受診し、同日から同月二一日までは同医院に入院して点滴を受けた。同日、発作が殆ど出なくなったので退院したが、翌二二日にも激しい発作に襲われ、大山医院の往診を受けた。

(六) その後も継続して同医院に通院して治療を受けてきたが、状況は好転せず、現在、精神発達遅滞及び脳性四肢麻痺の各障害を残している。

(七) 和也は昭和五八年からはクリーニング屋に勤めて下働き(単純作業)に従事し、月額四万円程度の給料を得ている。

(以上については、争いのない事実のほかは、〈書証番号略〉、第一審原告坂井哲也(原審)、同坂井貞子(原審及び当審)によって認める。)

5  第一審原告新須玲子について

(一) 玲子は、第一審原告新須和男、同新須郁子の二女として、昭和四九年三月一九日に出生した。出生時及び出生後の経過も良好であり、後記予防接種を受けるまで健康であった。

(二) 玲子は、昭和四九年八月二〇日午後一時三〇分頃、百日咳、ジフテリア及び破傷風の三種混合ワクチン(以下「三混」と略称することがある。)(第二回)の予防接種(以下、これを「本件三混予防接種」という。)を受けた。右接種の実施者は川内市長、実施場所は川内市公民館、接種担当者は三瀬貞博医師、強制接種であり、接種根拠は旧法五条である。

なお、玲子は同年七月一六日にも三混(第一回目)の予防接種を受けているが、この時は特に異常はなかった。

(三) 玲子は、本件三混予防接種当日の午後一〇時頃、目を動かさず、泣き声も立てず、頬を叩いても反応がなく、両手足をガクガクさせるという痙攣を約一五分間起こした。そこで、直ちに接種担当者医師である三瀬医師の診察を受けたが、その際の体温は三七度七分で、痙攣も鎮静していたので、帰宅したところ、同日午後一一時頃再び痙攣を起こし、同月二一日から二、三日間はぐったりしていた。

(四) 玲子はその後も痙攣を頻発し、一日に五、六回も起こすこともあり、特に一歳から二歳までの間には年間一〇〇回以上も起こす程であった。

現在、著しい知能障害及び軽度の運動障害があり、また、およそ月一回の割りで痙攣も起こる。玲子については全介護が必要とされる。

(五) 右の結果は本件三混予防接種により生じたものである(もっとも、第一審被告は、当初、玲子に生じた被害と本件三混予防接種との因果関係を争っていたが、当審の第五回口頭弁論期日になって、これを争わない旨表明するに至ったものである。)。なお、玲子は、昭和五二年七月二六日に、予防接種により被害を受けたものであるとの法に基づく厚生大臣の認定を受けている。

(六) 玲子に以上のような結果が生じたことに対しては、平成四年三月三一日までに、別紙、「予防接種健康障害にかかる給付額一覧表」のとおり、予防接種健康被害救済制度に基づく医療費、医療手当、障害児養育年金等の給付がなされている。

(以上については、争いのない事実ほかは、〈書証番号略〉、第一審原告新須和男(原審)、同新須郁子(原審及び当審)、証人福元巧、当審における新須玲子についての検証によって認める。)

6  第一審原告吉田達哉について

(一) 達哉は、第一審原告吉田誠剛、同吉田惠子の長男として、昭和四一年一〇月二三日に出生した。多少難産であったが、その後は順調に成育していた。

(二) 達哉は、昭和四二年五月一七日、ポリオ生ワクチンの予防接種を受けた。右接種の実施者は大牟田市長、実施場所は市立天道小学校、強制接種であり、接種根拠は旧法五条である。

(三) 達哉は同年六月四日から発熱し、同月八日頃から左足をだらりと下げ、その後左下肢弛緩性麻痺をきたし、この症状は変化しなかった。

そのために、幼稚園時には他の園児よりも運動能力が劣り、小学校二年生時には一年間機能回復訓練を受けたが回復せず、中学校では更に他の者との運動能力の格差は拡大し、長く歩くことができず、転びやすく、疲れやすいという状態であった。これは高校時代も同様であった。

(四) 達哉は昭和六一年に結婚し、一児をもうけたが、現在も左下肢弛緩性麻痺による運動機能障害があり、疲れやすく、また、風邪を引きやすいなど病気に対する抵抗力が弱い。

(五) 右の結果は前記(二)の予防接種により生じたものである。なお、達哉は、昭和四八年二月一〇日に、予防接種により被害を受けたものであるとの法に基づく厚生大臣の認定を受けている。

(六) 達哉に以上のような結果が生じたことに対しては、平成四年三月三一日までに、別紙「予防接種健康被害にかかる給付額一覧表」のとおり予防接種健康被害救済制度に基づく障害児養育年金、障害年金等の給付がなされている。

(以上については、争いのない事実のほかは、〈書証番号略〉、第一審原告吉田惠子、同吉田達哉(いずれも原審及び当審)によって認める。)

7  第一審原告山村誠について

(一) 誠は、第一審原告山村賢、同山村照子の長男として、昭和四六年一一月一日に出生した。生下時体重は二九三〇グラム、身長五一センチメートルであった。照子は三六歳で初めて妊娠した高年初産婦であったが、妊娠中特に異常はなく、自然分娩であった。

ただ、誠は分娩直後に産声をあげず、啼泣後にも軽いチアノーゼと軽い痙攣があり、右痙攣が三、四日程続いた。

(二) 誠は、生後一〇〇日目位で首が座り、五、六か月で「ママ」などの言葉を発し、七か月目頃の脳波検査に結果も正常で、八か月頃には這い歩きを始め、一〇か月頃には伝い歩きができるようになり、一歳頃には「ネンネ」「ワンワン」「バイバイ」などという言葉も話すようになった。この間、九大病院及び保険所で月一回程度の検診を受けていたが、特に異常はなかった。ただ、身長・体重とも標準よりやや少なく小柄であった。また、風邪を引いて医者にかかったことはあるものの、痙攣を起こすようなことはなかった。

(三) 誠は、昭和四七年四月二七日及び同年一〇月二七日にポリオ生ワクチンの第一回目及び第二回目の各接種を受け、翌四八年二月一五日には三混の第一期第一回目の接種を受けていたが、特に異常はなかった。

(四) 誠は、昭和四八年三月二三日、三混の第二回目の予防接種(以下、これを「本件三混予防接種」という。)を受けた。右接種の実施者は福岡市長、実施場所は福岡市博多区東吉塚二の梅野小児科医院、接種担当者は梅野達輔医師、強制接種であり、接種の根拠は旧法五条である。

(五) 誠は、右接種を受けて帰宅後の午後五時二五分頃、手を握りしめ、歯をガチガチさせて目をつり上げるという痙攣を起こしたため、午後五時三〇分頃前記梅野医院で抗痙攣剤の投与を受けるなどしたものの、痙攣が治まらず、更に嘔吐するようになったので九大病院へ転院した。しかし、その後も引き続き全身痙攣があり、チアノーゼ、呼吸不全が認められた。酸素吸入等の治療の結果約一五分後に一応痙攣が治まったものの、帰宅後の翌二四日も、目を覚まして天井をきょろきょろ見ており、起座できず、言葉も出ずにぐったりした状態であった。

(六) 誠は、昭和四八年六月九日午前三時四〇分頃、二回目の痙攣を起こし、同日午前四時一〇分頃救急車で前記病院に搬送されて治療を受けたが、約一時間近く、嘔吐を伴う全身痙攣、チアノーゼ等が継続した末に漸く治まった。右の際の検査により、誠の大腿内転筋が非常に硬く、膝蓋腱反射の亢進及び神経学的異常所見が認められた。

(七) 誠は、その後、足を突っ張ったような感じで、言語障害が続き、同年一一月三日の九大病院の検診では、言葉が「あっち」「バイバイ」という程、歩行も伝い歩きのみで、突っ張ったような歩き方をして膝を殆ど曲げられない痙性歩行であった。昭和四九年一月一七日の検診時においては四、五歩歩くことができるようになったが、跛行しており、二歳三か月ころから歩くようになったが、依然跛行であり、言葉も右と殆ど変わらない状態であった。

(八) 誠は、昭和五〇年四月七日に三回目の痙攣があったのを最後に、その後は痙攣を起こしていないが、現在、知能障害があって言語の発達が遅滞し、計算能力も劣っており、また、左片麻酔のため歩行障害があり、握力も弱いというような運動機能障害も残している。

(九) 誠は、平成二年三月に福岡県立直方養護学校を卒業した後、同年四月からは福岡市授産施設「ふよう学園」に通園し、クリーニング作業の最も単純な一工程を担当しているが、失敗を繰り返している状態である。

(以上については、争いのない事実のほかは、〈書証番号略〉、第一審原告山村照子(原審及び当審)、当審における山村誠についての検証によって認める。なお、〈書証番号略〉中には、誠が昭和四八年五月九日にも痙攣発作を起こしたかのような記載があるけれども、〈書証番号略〉その他の証拠によれば、これらはいずれも照子の供述に基づいて誤って記載されたものと認められる。)

8  第一審被告は、その公衆衛生上の責務を果たすため、衛生行政の最高機関として厚生省を設置している。(国家行政組織法三条、厚生省設置法三条)。

同省は、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上と増進を図ることを任務とし、国民の保健、薬事等に関する行政事務及び事業を一体的に遂行する責任を負う行政機関であり(厚生省設置法四条)、その長である厚生大臣は、衛生行政の主務大臣として、その行政機関の事務を統括し、職員の服務についてこれを統督し(国家行政組織法一〇条)、更に、地方公共団体の長が国の機関として処理する行政事務については、都道府県知事、市町村長を直接又は間接に指揮監督する(地方自治法一五〇条)ほか、公衆衛生行政全般につき、保健所の設置及び運営に対する指導監督をなすべき地位にある。

第一審被告は、伝染の虞れがある疾病の発生及び蔓延を予防するため、予防接種法を制定し、同法施行規則、予防接種実施規則、予防接種実施要領等を定め、市町村長又は都道府県知事に対し、定期の予防接種又は臨時の予防接種を行わしめ(いわゆる強制接種)、更に、行政指導によって予防接種を行わせ(いわゆる勧奨接種)、予防接種の実施に当たる都道府県知事又は市町村長に対し、これを指揮監督し、強制接種のみならず、すべての種類の予防接種について、保健所の運営を通じ指導監督を行っている。

(以上は、当事者間に争いがない。)

9  腫痘及び二混、三混のワクチン接種により、稀にではあるが、死亡又は脳炎・脳症等の重篤な副反応が発生する。また、インフルエンザワクチンの接種により卵アレルギー、ショック、急死例が稀に存在する。

(以上は、当時者間に争いがない。)

10  旧法五条(前田五実、矢冨亜希子、新須玲子、吉田達哉、山村誠)及び法六条(山科美佐江)に基づく予防接種は、いずれも国の公権力の行使に当たる。

(右は、当事者間に争いがない。)。

11  昭和三三年九月一七日、予防接種実施規則(厚生省令第二七号)(以下「実施規則」という。)が制定施行され、その四条において、次のような禁忌事項が定められた。

「接種前には、被接種者について、体温測定、問診、視診、聴打診等の方法によって、健康状態を調べ、当該被接種者が次のいずれかに該当すると認められる場合には、その者に対して予防接種を行ってはならない。ただし、被接種者が当該予防接種に係る疾病に感染するおそれがあり、かつ、その予防接種により著しい障害をきたすおそれがないと認められる場合は、この限りでない。

一  有熱患者、心臓血管系、腎臓又は肝臓に疾患のある者、糖尿病患者、脚気患者その他医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかっている者

二  病後衰弱者又は著しい栄養障害者

三  アレルギー体質の者又はけいれん性体質の者

四  妊産婦(妊娠六月までの者を除く。)

五  種痘については、前各号に掲げる者のほか、まん延性の皮膚病にかかっている者で、種痘により障害をきたすおそれのある者」

右規定は、昭和三九年の改正(厚生省令第一七号)により、五号に「急性灰白髄炎の予防接種を受けた後二週間を経過していない者」が加えられたほか、新たに、六号として、「六 急性灰白髄炎の予防接種については、第一号から第四号までに掲げる者のほか、下痢患者又は種痘を受けた後二週間を経過していない者」が加えられた。

更に、昭和四五年の改正(厚生省令第四四号)により、四号のうち「(妊娠六月まででの者を除く。)」が削除され、五号の「急性灰白髄炎の予防接種を受けた後二週間を経過していない者」及び六号の「種痘を受けた後二週間を経過していない者」の部分に、それぞれ「麻しんの予防接種を受けた者」が加えられ、期間も「二週間」が「一箇月」に延長された。

その後、昭和五一年の法の改正に伴い、同年九月一四日、右実施規則も改正され(厚生省令第四三号)、禁忌について規定する四条も次のとおり改められた。

「接種前には、被接種者について、問診及び視診によって、必要があると認められる場合には、更に聴打診等の方法によって、健康状態を調べ、当該被接種者が次のいずれかに該当すると認められる場合には、その者に対して予防接種を行ってはならない。ただし、被接種者が当該予防接種に係る疾病に感染するおそれがあり、かつ、その予防接種により著しい障害をきたすおそれがないと認められる場合は、この限りではない。

1  発熱している者又は著しい栄養障害者

2  心臓血管系疾患、腎臓疾患又は肝臓疾患にかかっている者で、当該疾患が急性期若しくは増悪期又は活動期にあるもの

3  接種しようとする接種液の成分によりアレルギーを呈するおそれがあることが明らかな者

4  接種しようとする接種液により異常な副反応を呈したことがあることが明らかな者

5  接種前一年内にけいれんの症状を呈したことがあることが明らかな者

6  妊娠していることが明らかな者

7  種痘については、前各号に掲げる者のほか、まん延性の皮膚病にかかっている者で、種痘により障害をきたすおそれのあるもの又は急性灰白髄炎若しくは麻しんの予防接種を受けた後一月を経過していない者

8  急性灰白髄炎の予防接種については、第1号から第6号までに掲げる者のほか、下痢患者又は種痘若しくは麻しん予防接種を受けた後一月を経過していない者

9  前各号に掲げる者のほか、予防接種を行うことが不適当な状態にある者」

(以上は、当事者間に争いがない。)

12  第一審原告らは、本件につき原判決の仮執行宣言に基づき、平成元年四月一九日、福岡市博多区博多駅東二―一〇―七所在の九州地方医務局において国の支出官である九州地方医務局長小畑美知夫に対し、別紙「仮執行宣言に基づく支払額一覧表」の「第一審原告名」記載の各自に対する「第一審被告(国)支払額」欄記載の各全員の支払を求め、第一審被告が同判決によって履行を命じられた債務の存在を争いながら同判決に基づく仮執行を免れるために支払うものであることを知りつつ、右のとおりの各全員の支払を受けた。

(右は弁論の全趣旨により認める。)

三主たる争点

1  前田五実、矢冨亜希子、山科美佐江、坂井和也、山村誠につき、前記各予防接種と右の者らの死亡等の結果との間に因果関係があるか否か。

(一) 総論――右因果関係の有無の判断基準を巡る争い

(1) 第一審原告らは、この点につき、医学上の学説としては、白木博次(原審及び当審における証人でもある。)の唱える四基準(①予防接種と事故とが時間的・空間的に密接していること、②他に原因となるべきものが考えられないこと、③副反応の程度が他の原因不明のものによるよりも質量的に非常に強いこと、④事故発生の機序が実験・病理・臨床等の観点から見て、化学的・学問的に実証性があること)に依拠した上で、第一に、当該疾病発症前、一定の接着した期間内に、原因として主張される予防接種がなされていること、第二に、現在の病理、臨床、実験の各医学上、当該疾患の発症(侵襲部位との対応を含む。)又は重篤化に、原因として主張されている予防接種が影響を与えていることが実証され、又は実証されないまでも、これを合理的に説明しうる仮説が存在して、その仮説が一応妥当であると判断されることの二要件が立証されている限り、当該症状が予防接種によるものでないと主張する側(第一審被告)において、その症状が他の原因のみによるものであることを立証できなければ、因果関係は肯定されるべきであると主張している。なお、その詳細については、原判決七枚目裏一二行目から九枚目裏末行までに摘示されているとおりである(ただし、枚数については表紙を含まず、かつ右引用部分中の項目毎の番号や記号については本判決中それと関連するものではなく、独自のものである。この点は、以下において原判決を引用する場合も同様である。)。

(2) これに対する第一審被告の反論及び主張は、原判決一二五枚目表四行目から一三〇枚目表初行までに摘示されているとおりであるから、これを引用する(なお、同一二六枚目表五行目から一二七枚目裏七行目までは「ポリオ生ワクチン接種による脳炎・脳症」に関する第一審被告の反論であるところ、本件においてポリオ生ワクチン接種による副反応被害が主張されているのは第一審原告吉田達哉の関係においてのみであり、しかも、同原告の被害とポリオ生ワクチン接種との間に因果関係があることは第一審被告においてもこれを争わないところであるから、右第一審被告の反論は「因果関係論」に関しては必要がないものであるが、後記「責任論」との関係においては必ずしも意味のない主張とはいえないので、便宜、ここにおいて引用するものである。)。

(二) 各論

(1) 前田五実について

第一審原告前田安人らは、「①五実には、右接種の翌日に末梢神経、運動神経に麻痺が起こっており、時間的・空間的関係が深く、脊髄に飛火するのが二五日後ということで、遅延型アレルギーの潜伏期に相当する。②前記予防接種以外に明白な原因がない。③ジフテリアトキソイドにも動物の神経組織に共通する抗原性があり、それが遅延型アレルギー反応である多発性硬化症を引き起こすことは十分考えられる推論である。」との理由により、五実は前記予防接種により多発性硬化症を起こして死亡したものであると主張する。

これに対し、第一審被告は「①ジフテリアトキソイドと多発性硬化症との間には因果関係は存しない。もしも右因果関係が肯定されるのであれば、少なくとも年間数人以上の同種事例が発生する筈であるが、わが国においてそのような報告事例はない。また、予防接種を原因として、このように短期間(一日ないし二日)で多発性硬化症が発症することはあり得ない。②五実は、前記予防接種前の昭和五〇年一月一〇日頃、何らかのウイルス等による感染症にり患し感冒様症状を呈していたものであり、それが原因となって、感染後脊髄炎を発症し、更に自己免疫機序が加わって多発性硬化症を発症したものである。」と主張する。

(2) 矢冨亜希子について

第一審原告矢冨實次らは、「①亜希子の最初の痙攣発作が出現するまでの期間は七日ないし一〇日であり、種痘との時間的因果関係は十分である。②亜希子の症状経過及び後遺症状の内容は、種痘後急性脳症と考えたときに初めて説明が可能であり、他の考慮に値する原因は考えられない。」との理由により、亜希子は前記予防接種により急性脳症を起こして死亡したものであると主張する。

これに対し、第一審被告は、「①亜希子の最初の痙攣発作は前記予防接種当日であり(〈書証番号略〉)、右第一審原告らの主張はこの点において前提を誤っている。ところで、種痘ワクチンのような毒性を弱めた生ワクチンの接種による副反応は体内での種痘ウィルスの増殖を経て発症するものであり、その間の潜伏期(接種後四日ないし一八日位)があるから、接種当日の痙攣発作は種痘ワクチンによるものではないことが明らかである。②脳炎・脳症は必ず意識障害を伴うものであるが、亜希子の場合にはこれが見られない。③亜希子は前記予防接種当日から四〇度の高熱を発しているところ、これは当時患っていた急性気管支炎によるものと考えられるのであり、前記痙攣は本来痙攣体質であったところへ右高熱を発したために熱性痙攣が顕在化したものと考えるべきものである。」と主張する。

(3) 山科美佐江について

第一審原告山科成孝らは、「①美佐江の前記諸症状は急性脳症によるものであると考えると無理なく説明することができる。②インフルエンザワクチンによる急性脳症の発生についての報告例によると、接種後神経症状発現までの時間は接種当日から二日目までに認められるところ、美佐江についても接種後一二時間余りで現れている。③美佐江は悪性リンパ腫があったことが明らかになったが、本件予防接種以前には、死亡するに至るような症状は全く現れていなかったし、また、右悪性リンパ腫によって前記のようなひきつけ症状を起こすなどということは考えられない。」との理由により、美佐江は本件予防接種により急性脳症若しくはこれを含む中枢神経の重大なトラブルが発生したか、又は、同接種による抗原抗体反応等の何らかのアレルギー反応が突発して死亡したものであると主張する。

これに対し、第一審被告は、「①脳症における痙攣、意識障害は、脳浮腫による頭蓋内圧亢進と脳循環障害によるものであり、一旦脳浮腫が発症すれば、頭蓋内圧亢進と脳循環障害は相乗的に作用し、浮腫は脳全体に広がっていき、その結果、脳全体が膨張して脳重量は増加し、脳膜は柔らかく透明で、脳回は偏平に圧延され、脳溝は狭まり大脳は腫張を示す。このように、脳症時には必ず肉眼的にも著明な脳浮腫が見られる筈であるのに、美佐江の遺体を解剖した永田教授はこのような所見をとどめておらず、これは美佐江の脳には浮腫がなかったことを意味する。そうすると、美佐江は急性脳症ではなかったことが明らかである。そして、このことは、美佐江には死亡の直前まで意識障害が見られなかったこととも符合するのである。②美佐江には胸腺の悪性リンパ腫があり、また、その胸腺腫瘤は相当大きいものであった。ところで、今日の医学的知見においては、胸部の悪性腫瘍により上大静脈症侯群(上大静脈の圧迫症状)や上縦隔症侯群(気管の圧迫による症状)をきたして急死することが広く知られている。これは、咳、嗄声、呼吸困難、起座呼吸などを呈するものであるところ、美佐江は昭和五二年一一月一四日から広田医院で治療を受け、内服薬とネプライザー(専ら喘息に対する治療法である)の投与を受けており(〈書証番号略〉)、更に、四、五日前から「胸がきつい」と訴えていたところからすれば、呼吸器障害が起きていたことが考えられる。このように、美佐江には右症侯群を起こし得る病理解剖学的所見がある上、臨床的にも、喘息様の症状に引き続き意識の混濁及び失神を起こし、その後に死亡したものと考えられるから、これは前記症侯群によるものと考えて矛盾がない。なお、剖検所見において肺に高度の鬱血水腫があることからすれば、美佐江が死亡する直前に呈していた呼吸困難は右鬱血水腫によるものと思われる。③これを要するに、美佐江は、基礎疾患として有していた悪性リンパ腫に伴う上大静脈症侯群により急死したものである。」と主張する。

(4) 第一審原告坂井和也について

同第一審原告らは、「①前記のような症状の発現経過、特に本件予防接種後一〇時間足らずのうちに脳症状(間代性痙攣、呼吸困難、チアノーゼ)があるというのは、予防接種による急性脳症の典型例であり、時間的・空間的密接さも十分である。②昭和三九年三月一七日に大山医院に入院した際の和也の傷病名は急性肺炎とされているが、和也は当時発熱がなく、聴診器での肺音所見及びレントゲン所見もない上、肺炎だけで精神発達遅滞になるとは通常考えられない。」との理由により、和也は本件予防接種により急性脳症を起こしたものであると主張する。

これに対し、第一審被告は、「①和也は昭和三九年三月一日、四日及び六日に吸入療法を受けているところからすれば、本件予防接種を受ける以前からかなり強度の喘息様の発作を起こしていたものと思われる。また、同月一七日に大山医院に入院後も吸入を受けている。和也は、右のような激しい喘息様発作による呼吸換気障害のために低酸素血症をきたし、それによって脳細胞が障害されたものと思われる。②脳炎・脳症には必ず意識障害を伴うものであるが、和也の場合にはこれが見られない。」と主張する。

(5) 第一審原告山村誠について

同第一審原告らは、「①誠は本件予防接種後四時間で痙攣を起こしており、時間的に密接な関係があり、また、その症状は急性脳症のそれに合致する。②誠の二回目の痙攣は時期的に離れているが、これは本件予防接種当日の痙攣の二次的障害として続発したと見るのが自然である。③誠にはその分娩直後に若干のトラブルがあったが、それは重大な後遺症を残すような重篤なものではなく、また、本件予防接種を受けるまではほぼ順調に精神的・肉体的な発達を遂げていたのであるから、他に原因は考えられない。」との理由により、誠は本件予防接種により急性脳症を起こしたものであると主張する。

これに対し、第一審被告は、「①脳炎・脳症には必ず意識障害を伴うものであるが、誠の場合にはこれが見られない。なお、〈書証番号略〉には「意識障害があった」旨の記載があるけれども、これは診察から二年も後の診断書であり、しかも、同号証の作成者は、当時誠を実際に診察した医師(梅野医師及び九大の満留医師)ではない高嶋医師であるというのは不自然である。当初の医証及びカルテ(〈書証番号略〉)には、意識障害があったことを窺わせる症状の記載は存しないし、仮に、意識障害があったのであれば、入院が必至であるのに、当日のうちに帰宅を許されていることからすれば、これがなかったことは明白である。また、一回目の痙攣の翌日の状態(目を覚まして、天井をきょろきょろ見ていて、起座できないというもの)は、ポストイクタルステート(発作後の状態)であるか、或いは抗痙攣剤であるフェノバールの影響である。②誠は分娩が遷延したために、一五分の生下時仮死があり、出産直後から新生児痙攣があって、それが約三日間も継続した。その後も発達遅滞があり、体重増加不良や、精神運動の発達を示す指標となるお座りや伝い歩きに明らかな遅れが見られた。これらに照らせば、誠は分娩時に脳に障害を負ったものと考えられるのであり、その障害による知能障害及び運動機能障害を有していたものと思われる。③誠の本件予防接種当日の痙攣は発熱に誘発された可能性を否定できないが、右はその日で治まっており、同月二七日の診察の際にも異常は認められなかった。また、その後の六月九日の痙攣はヘルパンギーナ(夏風邪の一種)の発熱によって誘発された熱性痙攣であり、しかもその痙攣の後にも麻痺は残っておらず、麻痺症状が出現したのは本件予防接種から半年余りも後のことであるから、本件予防接種との時間的関連は全く認められない。④これを要するに、誠の場合には、右のような負因を基礎として、更に熱性痙攣を契機に増悪したものであって、本件予防接種とは因果関係がない。」と主張する。

2  第一審被告に国賠法上の損害賠償責任があるか。

(一) 第一審原告坂井和也が受けた本件二混予防接種は国の公権力の行使に該当するか(右予防接種の性質ないしは接種の根拠)。

第一審原告坂井和也、同坂井哲也、同坂井貞子は、「本件二混予防接種は、実施者が福岡市長、接種担当者が大山医師の強制接種であり、接種の根拠は旧法五条である(市町村長が国の機関委任事務として実施する定期の予防接種の一つとしてある「委託方式」によりなされたものである。)。また、仮にそうではなく、これが旧法六条の二の接種であるとしても、右接種も又、定期接種を受けた者として取り扱われることになっていたのであるから、これを定期接種と別異に解する理由はない。」と主張する。

これに対して、第一審被告は、「定期の予防接種に右「委託方式」があることは認めるが、本件予防接種は委託方式によるものではなく、旧法六条の二所定の予防接種であるところ、これは、定期の予防接種を受ける義務の履行方法としては、広く医師による予防接種を受ければよいとしたものにすぎず、一般の医師による予防接種が国の機関が行った予防接種となるわけではないから、本件予防接種は国の公権力の行使に当たらない。」と反論する。

(二) 第一審被告の故意・過失について

(1) この点につき、第一審原告らは、「第一審被告は、予防接種に重篤な副反応があること及びそれが回避不可能であることを認識しながら、予防接種を実施したものであるから、第一審被告には予防接種事故につき故意がある。」と主張するほか、「第一審被告には、被害児全員に対する関係で、(イ)副作用を説明しなかった過失、(ロ)十分な予診をしなかった過失、(ハ)禁忌者に接種した過失(原審においては、第一審原告新須玲子が禁忌該当者であるとの主張はなかったが、「予防接種によって、(重篤な)後遺障害が発生した場合には、(昭和四五年厚生省令第四四号による改正前の昭和三三年厚生省令第二七号の予防接種実施規則四条所定の)禁忌者を識別するために必要とされる予診が尽くされたが禁忌者に該当する事由を発見することができなかったこと、被接種者が(右後遺障害を発生しやすい)個人的素因を有していたこと等の特段の事情が認められない限り、被接種者は禁忌者に該当していたものと推定するのが相当である。」とした最高裁判所平成三年四月一九日第二小法廷判決(民集四五巻四号三六七頁)を踏まえて、当審においては、同原告についても禁忌者であったものと推定されるべきであると主張するに至った。)があり、また、各被接種児に対する個別具体的な過失として、(ニ)矢冨亜希子につき、種痘を廃止しなかった過失及び種痘の接種年齢の引き上げを怠った過失、(ホ)山科美佐江につき、インフルエンザワクチンを学童に集団接種した過失、(ヘ)第一審原告坂井和也、同新須玲子、同山村誠につき、二混及び三混の接種量を誤った過失、並びに二混及び三混の接種年齢を誤った過失、(ト)第一審原告坂井和也につき、接種間隔を誤った過失、(チ)第一審原告新須玲子につき、予防接種事故に対する救急医療態勢の整備を怠った過失がある。」と主張する。

なお、この点に関する第一審原告らの主張の詳細については、右(イ)ないし(ハ)(特に、(ロ)及び(ハ))に関連して、「厚生大臣が禁忌該当者に予防接種を実施させないための十分な措置をとることを怠った過失」の主張として以下の点を付加するほかは、原判決一三枚目表六行目から五七枚目表一一行目までに摘示されているとおりである。また、各被接種児に関する個別具体的な過失及び接種時の事情としては、前田五実につき「ジフテリア予防接種においてモロニー試験の強陽性者を禁忌とすることを怠り、同試験を実施することなく五実に本件ジフテリア予防接種をした」旨の「禁忌者に接種した過失」(原判決九四枚目表末行から同裏四行目まで)、矢冨亜希子につき「遅くとも昭和三一年までに幼児に対する種痘を廃止しなかった過失」、「遅くとも昭和三七年に初種痘の年齢を生後一歳以上に引き上げなかった過失」のほか、「亜希子は当時風邪で通院中であったのに集団接種をした」こと(禁忌者に接種した過失)、予診の状況として「富士子が亜希子は通院中である旨を告げたにもかかわらず、担当医は亜希子の額に手を当てて「大丈夫」といっただけであった」こと(同一〇一枚目裏七行目から一〇行目まで、同一二行目から一〇二枚目表初行まで、同三行目から六行目まで、同八行目から一〇行目まで)、山科美佐江につき「インフルエンザワクチンを学童に集団接種した過失」のほか、「禁忌者に接種した過失」として、美佐江は「風邪で通院中であったのに集団接種した」こと及び「悪性リンパ腫に罹患しており、免疫不全であったから、禁忌者として接種すべきでなかったのに接種した」こと、予診の具体的な状況として「問診票にも右のとおり風邪で通院中である旨記載していたのに、接種担当医からは何ら予診を受けなかった」こと(同一〇五枚目表末行から同裏八行目まで、同一〇行目から同末行まで、一〇六枚目表二行目から八行目まで)、第一審原告坂井和也につき「二混の接種量或いは接種年齢を誤った過失」、「近接種の過失」のほか、「禁忌者に接種した過失」として「和也は、本件二混予防接種当日、熱があり、解熱剤の投与を受けていたのに、急性扁桃腺炎の治療と同時に接種した」こと(同一〇八枚目裏一一行目から一三行目まで、一〇九枚目表初行から一一行目まで、同一三行目から同裏二行目まで)、同新須玲子につき「三混の接種量或いは接種年齢を誤った過失」のほか、「玲子は、本件三混予防接種の際、注射針を取り換えないまま接種を受けたため、針の先が曲がって二回注射を受け、これにより過量接種となった」こと(過量接種による過失或いは注射針を取り替えなかった過失)、「玲子は本件三混予防接種の当夜、痙攣を起こして接種担当医の診察を受けたが、同医師は「安静にして寝かせておけばよい。」と述べたのみで、救急医療を施さなかった」こと(副作用に対する救急態勢を怠った過失)(同一一三枚目裏初行から三行目まで、同六行目から一一行目まで、同一三行目から一一四枚目表二行目まで)、同吉田達哉につき「禁忌者に接種した過失」として、「達哉の分娩は多少難産であったこと、また、達哉の父及び妹はアレルギー体質であり、達哉自身も皮膚が弱く、おむつかぶれをする等、同様の体質であることが考えられたのであるから、集団接種をすべきでなかったのに、これを実施した」こと(同一一七枚目裏二行目から一〇行目まで)、同山村誠につき「三混の接種量或いは接種年齢を誤った過失」のほか、「禁忌者に接種した過失」として「誠は出生時に新生児痙攣があり、標準よりも成長がやや遅れ気味であった上、本件三混予防接種まで何回か湿疹ができ、また、接種時にも尻に湿疹ができる等、アレルギー体質であったのであるから、接種すべきでなかった」こと、予診につき「誠の問診票には右の事実が全て記載されていたのに、接種担当者は十分な予診を尽くさなかった」こと(同一二二枚目表一四行目から一六行目まで、同裏初行から四行目まで、同六行目から一一行目まで)を、それぞれ主張している。

「① 予防接種は時には重篤な副反応が生ずるおそれがあるなどの危険を伴うものであるから、その危険をなくすためには、事前に医師が予診を十分にして、禁忌者を的確に識別し除外する必要がある。そのためには、(イ)集団接種の場合には、医師が予診に十分な時間が割けるように、接種対象人員の数を調節し、或いは接種する医師と予診を専門にする医師を分けるなどの体制作りをすること、(ロ)予防接種には、その副反応や禁忌について十分な教育を受けていない開業医が臨時に駆り出されるということを念頭において、これらの医師に右の点についての周知を図り、予診等のレベルを向上させること、(ハ)予防接種を受ける国民に対しても右の点について分かりやすく説明し、必要な情報を進んで担当医に提供するよう動機付けをすることが必要である。

そして、伝染病の伝播及び発生の防止その他公衆衛生の向上及び増進を任務とする厚生省の長として同省の事務を統括する厚生大臣としては、法制定の当時から、予防接種による副反応事故を発生させないためには、禁忌を定めた上、医師が予診をして禁忌に該当した者を接種対象から除外する措置をとることが必要であることを十分認識していたものであるから、前記(イ)ないし(ハ)の趣旨に沿った具体的な施策を立案し、これに沿って旧法一五条に基づく省令等を制定し、かつ、地方自治法一五〇条に基づき、予防接種業務の実施主体である市町村長を指揮監督し、或いは同法二四五条等に基づき地方自治体に助言・勧告し、更には、接種を実際に担当する医師や接種を受ける国民を対象に予防接種の副反応や禁忌について周知を図るなどの措置をとる義務があったものというべきである。

② ところが、厚生大臣は、長く、伝染病の予防のため、予防接種の接種率を上げることに施策の重点を置き、予防接種の副反応の問題にそれほど注意を払わなかったため、以下のとおり前記義務を怠った。

ⅰ 昭和三三年以前においても、各予防接種施行心得に「予防接種の施行前に被接種者の健康状態を尋ね、必要がある場合には診察を行わなければならない。」旨の規定がおかれていたが、急いで実施する場合の医師一人の一時間当たりの接種対象人数(以下同じ)をおよそ一五〇人(但し、種痘については八〇人、百日咳については一〇〇人)とするなど、適切な予診を行うにはほど遠い体制で実施することを許容し、しかも、予防接種の現場では予診が殆どなされていないという実情を知りながら、これを放置した。

ⅱ 昭和三三年の実施規則では、予診について比較的詳しい定めを置き、また、同年三四年に制定された旧実施要領においては、接種対象人数を種痘で最大限八〇人、種痘以外では同じく一〇〇人と定められたが、これでも適切な予診を行うには不十分な体制といわざるを得ないものであり、しかも、現実には右要領さえ十分守られていないという実情を知りながら、それを改めるよう積極的に指示することもなく放置した。

ⅲ 昭和四五年以降は、問診票を導入するよう指示するなど予診についてそれなりに意を払うようにはなったが、なお、接種対象人数の上限を引き下げるなどの措置はとられないままであった。

ⅳ また、昭和四五年以前においては、国民に対しては予防接種事故の実態を公表せず、その広報活動は国民が徒に不安を抱かないようにすることに重点を置いたものであった。

そればかりか、接種を担当する医師に対しても予防接種事故に関する情報を十分には提供せず、禁忌について積極的に周知を図るような措置もとらなかった(厚生省当局が関与して、予防接種の禁忌を解説した一般の医師向けの手引書が作成されたのは昭和四〇年代の末ころになってからである。)。

③ そのため、昭和四五年以前は、禁忌の重要性について一般の医師も国民も十分な認識を持たず、したがって適切な予診がなされずに予防接種が実施された。そして、昭和四五年以降においても、問診表が活用されるなどの改善は見られたが、集団接種において医師が十分な予診をすることのできるような体制は依然として整備されなかったし、予防接種の副反応や禁忌の重要性についての医師に対する情報提供や国民に対する周知が不十分だったため、医師による予診の重要性の確認が十分浸透せず、依然として予診が不十分なまま予防接種が実施される状況は変らなかった。

また、個別接種等で、予診をする時間が十分あった場合においても、右のとおり十分な情報の提供がなかったために、医師は予診をせず、或いは、これをした場合であっても、禁忌に関わる全ての事項を網羅した予診を尽くすことなく予防接種を実施することが多かった。

④ 昭和五一年の予防接種法の改正によっても、以上のような問題点の改善は図られなかったばかりか、かえって、右法改正に伴って改正された実施規則四条においては、従来、一律にやることとされていた体温測定や聴打診を行うことは集団接種の場合にあっては困難であるとして、「必要があると認められる場合」に例外的に実施すればよいことにされたり、接種対象人数について、以前は、「種痘では八〇人程度、種痘以外の予防接種では一〇〇人程度」を最大限としていたのに、「目安として(医師を)配置することが望ましい」とされるにとどまるなど、むしろ、予診を不十分なものにする結果にさえなったのである。

⑤ 厚生大臣としては、以上のとおり、禁忌を識別するための十分な措置をとらなかったことの結果として、現場の接種担当者が禁忌の識別を誤り、禁忌該当者であるのにこれに接種して、本件各事故のような重大な副反応事故が発生することを予見することができたし、また、厚生大臣が禁忌識別のための十分な措置をとり、その結果、現場の接種担当者が禁忌の識別を誤らず、禁忌該当者を全て接種対象者から除外していたとすれば、本件各事故の発生を回避することができたものというべきである。」

(2) これに対する第一審被告の認否・反論は、前記第一審原告らの主張として付加した部分に対する反論及び主張として以下の点を加えるほかは、原判決一五一枚目裏二行目から一六一枚目表一一行目までのとおりである(ただし、一五一枚目裏二行目の「(三)同4(三)」を「(三)請求原因4(三)」と改めるほか、右引用にかかる部分の項目毎の番号や記号は、それぞれ前記(1)において引用した部分のそれに対応するものである。)から、これを引用する。

「① 第一審原告らが引用する最高裁平成三年四月十九日第二小法廷判決には以下に指摘するような重大な疑問点があるから、安易にこれに依拠して禁忌者推定を広く行うことは当を得ないものである。そうすると、本件各被接種者らが各予防接種当時禁忌者に該当していたものと推定することは相当ではなく、この点については第一審原告らにおいて具体的に主張・立証する必要があるものといわなければならない。

ⅰ 右最高裁判決が判示する「被接種者が後遺障害を発生しやすい個人的素因」とは医学的に何を指すのか全く不明である。同判決は、その判示からすれば、昭和四五年厚生省令第四四号による改正前の予防接種実施規則四条に定める事由に該当するものを「禁忌者に該当するもの」といい、それ以外にも後遺障害を発生しやすい個人的素因なるものがあることを想定しているものと考えられるところ、それがいかなるものであるのかについて医学的には何ら解明されておらず、その実体は不明であるから、実際には内容は空虚なものといわなければならない。

さらに、この個人的素因なるものは、右判決によっても、予防接種時の予診・問診においても発見することは不可能であることが予定されているのである。

ⅱ 然るに、右判決は、「ある個人が禁忌者に該当する可能性は右の個人的素因を有する可能性よりもはるかに大きい」ものとし、このことを根拠に、「予防接種によって後遺障害が発生した場合には、当該被接種者が禁忌者に該当していたことによって右後遺障害が発生した高度の蓋然性があると考えられる。」と判示したのである。しかし、右前段のようにいえるだけの統計や調査結果があるわけではなく、ましてや、このような医学的知見や経験則は存在しない。また、禁忌として定められた事項の全てが副反応の原因となるものでもなく、禁忌該当事由があったとしても予防接種により後遺障害を伴う重篤な副反応が生ずる可能性は極めて低いのであるから、右後段の命題(推定則)は医学的知見に反する誤ったものといわざるを得ない。

② 仮に、右最高裁判決の判示に従うとしても、「禁忌者を識別するために必要とされる予診が尽くされたが禁忌者に該当すると認められる事由を発見することができなかったこと、被接種者が右個人的素因を有していたこと等の特段の事情」が認められれば、前記禁忌者に該当するとの推定は覆されることになるところ、矢冨亜希子における痙攣素因、山科美佐江における悪性リンパ腫、山村誠における出生の際に生じた脳障害は、少なくとも「後遺障害を発生しやすい個人的素因」に該当するものであるから、右三名についてはいずれも禁忌該当の推定が覆されるものである。

また、右三名を含む本件各被接種児に対する接種は、いずれも医師が直接に各児童の身体状況等を観察(視診)し、或いは、触診や聴診をし、また、問診表に異常と認められる記載はないかなどを検討した上でなされたものであるから、十分な予診がなされたものというべきである。

③ 東京高裁平成四年一二月一八日判決は、第一審原告らが前記「厚生大臣が禁忌該当者に予防接種を実施させないための十分な措置をとることを怠った過失」として主張するとおりの法的義務が厚生大臣にあることを前提として、昭和四〇年代末頃までは右義務の履行が不十分であったため、不十分な予診のまま接種が実施される状況にあったとして厚生大臣の右義務違反を認め、これが原因となって現場の接種担当者が禁忌の識別を誤り、禁忌者に接種したために予防接種事故を発生させたものであるとして、国の損害賠償責任を肯定している。

しかしながら、第一審被告(厚生省)としては、昭和四五年一一月三〇日には「予防接種問診票の活用について」と題する問診についての具体的指示を出して問診の徹底を図るなどしているのであるから、右時期以降についてまで右東京高裁判決が判示するような広範かつ徹底した結果回避義務が厚生大臣にあったものとするのは疑問である。なお、仮に厚生大臣に右義務違反があったとしても、接種担当者が十分な予診を実施していれば、厚生大臣の右義務違反と結果との間には因果関係がないものといわなければならないところ、前記②後段のとおり、本件各被接種児童に対する予診は十分なものであった。

また、仮に、右判示に従うとしても、昭和五〇年以降は、厚生大臣は次のとおり禁忌者に接種をさせないための回避義務を尽くしたものであるから、少なくとも、昭和五二年一一月一八日にインフルエンザワクチンの予防接種を受けた山科美佐江の関係においては、厚生大臣に義務違反がなかったことが明らかである。

ⅰ 同年七月には、予防接種の副反応や禁忌、予診に関する詳細な手引書(例えば〈書証番号略〉の「予防接種の手引(初版)」など)が刊行され、接種担当医に対する十分な情報提供がなされた。

ⅱ 昭和五一年以降においては、万一予防接種により健康被害が生じた場合には相当の給付を行うこととし、伝染病予防調査会の答申を受けた上、予防接種法を改正した。そして、厚生省は、この改正作業の前後には、予防接種制度の特殊性、とりわけ予防接種の安全性や効果、副反応や予診問診のあり方等について、その内容の詳細や周知徹底方につき通知・通達を発し、かつ日本医師会等の協力を得て、以前にも増した広汎な啓発活動を展開した。また、各都道府県の予防接種関係事務担当の責任者を厚生省に招集し、右内容につき説明会・連絡会等を頻繁に開催して、遺憾なきを期した。

ⅲ 最高裁昭和五一年九月三〇日第一小法廷判決が言い渡された際にも、更に予診問診を徹底すべく、通知を発した。」

3  第一審被告の安全配慮義務違反による債務不履行責任及び不法行為責任について

(一) この点に関する第一審原告らの主張は、原判決五八枚目表初行から六五枚目表三行目までのとおりであるから、これを引用する。

(二) これに対する第一審被告の認否・反論は、原判決一六一枚目表一二行目から一六三枚目裏一二行目までのとおりであるから、これを引用する。

4  第一審被告の損失補償責任について

(一) 第一審原告らは、「予防接種は、個人を超えた集団の防衛(社会防衛)を目的とするものであるから、このような公益の実現のためになされた予防接種によって生じた損失をひとりこれら個人の者の負担に帰せしめてしまうことは憲法一三条、一四条一項、二五条の精神に反する。」として、憲法二九条三項に基づく損失補償請求ないしは憲法二五条に基づく直接請求をすることができる旨、及び、国賠法に基づく損害賠償請求に憲法二九条三項に基づく損失補償請求を追加的・予備的に併合することができる旨を主張する。

その主張(立論の根拠)の詳細については、原判決六五枚目表五行目から七三枚目裏八行目までのとおりであるから、これを引用する。

(二) これに対し、第一審被告は、本案前の主張として、「右損失補償請求の追加は民訴法二三二条の訴えの変更にほかならないから、これが許されるためには請求併合の一般的要件(民訴法二二七条)を充たすことが必要であるところ、右損失補償請求は行政事件訴訟法四条の当事者訴訟の一つである「公法上の法律関係に関する訴訟」に該当し、民事訴訟に行政訴訟を併合することは民訴法二二七条により許されない(同条の「同種の訴訟手続に依る場合」に該当しない。)から、民訴法二三三条に基づき「訴え変更不許」の裁判がなされるべきである。」と主張し、本案につき、原判決一六七枚目表九行目から一七四枚目表五行目までのとおり反論する(ただし、一六七枚目表九行目の「同6」を「請求原因6」と改める。)。

5  損害(損失)額の算定

(一) 包括一律請求(包括損害の一部請求)及びその是非について

第一審原告らは、原判決七五枚目表初行から七八枚目表七行目までのとおり主張した上で、具体的な金額としては次のとおり請求するのに対し、第一審被告は、原判決一七四枚目表九行目から一七六枚目表四行目までのとおり、右請求の不当性を主張している。

(1) 最重度の被害者(第一審原告新須玲子)の関係につき合計一億六五〇〇万円(同原告分が一億三七五〇万円、両親である第一審原告新須和男及び同新須郁子分が各一三七五万円。なお、右は請求額の一割の割合による弁護士費用を含むものであり、この点は、以下においても同様である。)

(2) 重度の被害者(第一審原告坂井和也、同吉田達哉、同山村誠)の関係につき、各人毎に合計九九〇〇万円(右同原告ら分が各七九二〇万円、その両親である各第一審原告ら分が各九九〇万円)

(3) 死者(前田五実、矢冨亜希子、山科美佐江)の関係につき、各人毎に合計九九〇〇万円(右各人の両親である第一審原告ら毎に各四九五〇万円)

(二) 個別積み上げ方式による算出(第一審原告らの仮定的主張)

(1) 第一審原告新須玲子の関係について

①逸失利益 458万8500円(平成三年度全労働者平均賃金)×16.419(接種時現在の就労可能年数に対応する新ホフマン係数(就労の終期である六七歳までの年数六七年に対応する係数から就労の始期までの年数一八年に対応する係数を引いたもの))=7533万8582円

②介護費 365万円(一日当たり一万円)×32.1868(要介護年数(発症日現在の平均余命年数)八二年に対応する新ホフマン係数)=1億1748万1820円

③慰謝料 六〇〇〇万円(両親である第一審原告新須和男及び同新須郁子分各一二五〇万円を含む。)

④請求額 以上合計二億五二八二万〇四〇二円のうち一億五〇〇〇万円(一部請求)

⑤弁護士費用 右④の一割

(2) 第一審原告坂井和也の関係について

①逸失利益 458万8500円×16.419=7533万8582円

②介護費 365万円×30.9804(要介護年数七六年に対応する新ホフマン係数)×0.95=5653万9230円

③慰謝料 五〇〇〇万円(両親である第一審原告坂井哲也及び同坂井貞子分各九〇〇万円を含む。)

④請求額 以上合計一億八一八七万七八一二円のうち九〇〇〇万円(一部請求)

⑤弁護士費用 右④の一割

(3) 第一審原告吉田達哉の関係について

①逸失利益 458万8500円×16.419×0.67(労働能力喪失率)=5047万6850円

②介護費 365万円×30.9804(要介護年数七六年に対応する新ホフマン係数)×0.95=5653万9230円

③慰謝料 三〇〇〇万円(両親である第一審原告吉田誠剛及び同吉田恵子分各九〇〇万円を含む。)

④請求額 以上合計一億三七〇一万六〇八〇円のうち九〇〇〇万円(一部請求)

⑤弁護士費用 右④の一割

(4) 第一審原告山村誠の関係について

①逸失利益 458万8500円(平成三年度全労働者平均賃金)×16.716(接種時現在の就労可能年数に対応する新ホフマン係数(就労の終期である六七歳までの年数六六年に対応する係数から就労の始期までの年数一七年に対応する係数を引いたもの))=7670万1366円

②介護費 365万円×30.7721(要介護年数七五年に対応する新ホフマン係数)×0.95=5615万9083円

③慰謝料 五〇〇〇万円(両親である第一審原告山村賢及び同山村照子分各九〇〇万円を含む。)

④請求額 以上合計一億八二八六万〇四四九円のうち九〇〇〇万円(一部請求)

⑤弁護士費用 右④の一割

(5) 前田五実、矢冨亜希子、山科美佐江の関係について

①逸失利益 458万8500円×0.7(三割の割合による生活費を控除)×死亡時現在の就労可能年数に対応する新ホフマン係数(前田五実につき21.971、矢冨亜希子につき18.025、山科美佐江につき19.16)=7056万9753円(前田五実)、5789万5399円(矢冨亜希子)、6154万0962円(山科美佐江)

②介護費 三六五万円×介護した年数(前田五実につき二年、矢冨亜希子につき五年)=七三〇万円(前田五実)、一八二五万円(矢冨亜希子)

③慰謝料 各六〇〇〇万円

④請求額 以上の合計は、前田五実分が一億三七八六万九七五三円、矢冨亜希子分が一億三六一四万五三九九円、山科美佐江分が一億二一五四万〇九六二円となるが、いずれも右のうちの一部請求として九〇〇〇万円を、各人の両親である第一審原告らが、各二分の一宛相続の上請求するものである。

⑤弁護士費用 右④の一割

(三) 損失補償額について

第一審原告らが「第一審被告の責任が損害賠償責任か損失補償責任かは責任論の場面における法技術の差異にすぎず、それによって第一審原告らの損害の大きさには何らの変化もないから、損害額にも何らの相違を生じない。」と主張するのに対して、第一審被告は「損失補償額は憲法二九条三項によれば「正当な補償」でなければならないが、これは「完全な補償」ではなく、「相当な補償」を意味する。すなわち、不法行為による損害賠償は、違法かつ有責な権利侵害によるものであるから当該行為と相当因果関係のある全損害が賠償されるべきであるのに対し、損失補償は、適法な国家施策のもとに行われることから「正当な補償」を与えるものである。したがって、「正当な補償」であるか否かは、救済の目的及び要件、救済に対する費用の負担者等の諸要素を検討し、更には、国家財政や他の類似の諸制度との比較の上に判定されなければならず、単に損失の補償という見地に止まるものではないから、立法・行政府の裁量の働く範囲が大きいのである。そして、右の点からすれば、損失補償額が損害賠償額と同等ということはありえず、一般的にはこれを下回るものである。また、損失補償の対象としては「得べかりし利益の喪失額」や「慰謝料」といったことは問題になる余地はない。」と主張している。

(四) 損害額の算定に当たり本件各被接種児らの身体的素因ないし基礎的疾患を考慮すべきであるか。

第一審被告は、「①本件各被接種児らに重篤な副反応事故が生じたのは、各児童に右結果発生ないし拡大に寄与した身体的素因ないし基礎的疾患があったからである。したがって、この点は、因果関係の割合的認定の法理又は過失相殺若しくはその制度の基礎にある損害額の公平分担の法理により、損害額の算定に際して十分考慮されるべきである。②山科美佐江については、悪性リンパ腫のため、早ければ六か月、遅くとも一年後には死の転帰を迎えていたのであるから、同児の逸失利益を算定するに当たっては右の点を考慮しなければならない。」と主張する。

6  第一審被告の抗弁

(一) 違法性阻却事由の主張

第一審被告は、本件各予防接種の実施は法令及びこれに準ずる通達に基づく正当行為であり、かつ社会的に相当な行為であるから、行為の違法性が阻却されると主張する。

(二) 消滅時効の主張

(1) 第一審被告は、第一審原告らの各請求権が既に時効消滅している旨主張する。右主張の内容は、損失補償請求権の時効消滅についてのそれ(原判決一九一枚目表初行から同一一行目まで)を次のとおり改めるほかは、原判決一八七枚目表九行目から一九一枚目表一一行目までのとおりであるから、これを引用する。

「(三) 損失補償責任について

(1) 第一審原告らの損失補償請求権は、国に対する公法上の権利で金銭の給付を目的とするものであるから、右請求権の消滅時効期間は会計法三〇条により五年ということになる。また、同法によれば、国を当事者とする金銭債権の消滅時効の中断・停止その他の事項に関し適用すべき他の規定がないときは、民法の規定を準用することになっている(同法三一条二項)ところ、前記請求については特別規定もないから、その消滅時効の起算点については民法一六六条の規定が準用され、「権利を行使することを得る時」から消滅時効が進行することとなる。

したがって、各予防接種に起因すると思われる症状(以下「予防接種事故」という。)が発生したときから五年の経過により、右損失補償請求権が時効消滅することになるところ、別表一記載の四名については、同表記載の日ころまでには予防接種事故が発生していたのであるから、右各同日から本件訴訟の提起までに既に五年を経過したことにより、消滅時効が完成しているものである。

(2) 仮に、右請求権の消滅時効につき民法七二四条を類推適用すべきであるとされる場合には、別表二記載の被接種児(山科美佐江を除く本件各被接種児全員)、又は矢冨亜希子、第一審原告坂井和也、同吉田達哉の関係については、同条前段の三年の短期消滅時効が完成しているから、これを援用する。

すなわち、同条前段の消滅時効の起算点は「被害者又は法定代理人が損害及び加害者を知りたる時」であるが、損失補償の場合には適法行為により損失が発生したわけであるから、行為の違法性を認識することはあり得ず、したがって、損失補償請求権についての三年の短期消滅時効の起算点たるべき認識の内容は「国又は地方公共団体の行為に起因する損失の発生、すなわち予防接種事故の発生」と解するべきである。

そうすると、別表二の被接種児の関係において、その主張によれば、同表記載の日ころまでには予防接種事故が発生し、その際、各法定代理人においてその事実を知ったものであり、同時にそれが国又は地方公共団体の行為に起因するものであることを知るに至ったものというべきであるから、その日から本件訴訟の提起までに既に三年を経過していることが明らかである。

仮にそうでないとしても、矢冨亜希子、第一審原告坂井和也、同吉田達哉の三名の関係においては、原判決一八九枚目表の「表」記載の日に予防接種事故に対する行政救済措置に基づく給付申請書を作成して、これを当該市町村長等に提出したが、同申請書には当該予防接種の種別、実施年月日、実施者、実施場所等を記載し、これに当該予防接種済証、医師の作成した書面、都道府県の作成した調査表等を添付して提出するものとされているから、右の各児童の関係の第一審原告らは遅くとも右申請書作成のころまでには国又は地方公共団体の行為に起因する予防接種事故の発生を知るに至ったものというべきである。そして、その時から本件訴訟の提起までに既に三年を経過しているものである。

(3) もしも、損失補償請求権の消滅時効期間について、一般債権と同様に一〇年と解する見解に従えば、前記(2)の後段の三名の関係については各予防接種事故時から(起算点は前記(1)に同じ)本件訴訟の提起までに既に一〇年を経過していることとなる。」

(2) これに対し、第一審原告らは、第一審被告において消滅時効を援用することが権利の濫用として許されないと主張する(再抗弁)。その詳細は、原判決一九八枚目裏五行目から二〇二枚目表五行目までのとおりである。

また、前記(一)の第一審被告の会計法三〇条による消滅時効の主張に対しては、「損失補償請求権は、損害賠償請求権に近似するものであるから、これを公法上の権利だという理由のみをもって会計法三〇条を適用するのは不当である。同条の趣旨に鑑みれば、公法関係で、時効について特別の規定のない使用料や手数料等に適用されるだけであると解される。」と反論する。

(三) 損益相殺について――いわゆる認定患者である第一審原告新須玲子、同吉田達哉の関係で給付された金額が、当該第一審原告らの損害(損失)額から控除されるべきか否か。

第三当裁判所の判断

一因果関係を巡る争い

1  因果関係の有無の判断基準について

(一) 種痘、二混、三混の予防接種により、稀にではあるが、死亡又は脳炎・脳症等の重篤な副反応事故が生ずることのあること、インフルエンザワクチンの接種により卵アレルギー、ショック、急死例が稀に存在することは第一審被告においても争わないところであるが、ジフテリアワクチンやポリオ生ワクチンによって重篤な副作用が生ずることを争い、インフルエンザワクチンにあってもHAワクチンではそのようなことは殆どない旨主張している。

そして、第一審被告は、ジフテリアワクチンの接種を受けた前田五実はもとより、種痘の接種を受けた矢冨亜希子、インフルエンザワクチンの接種を受けた山科美佐江、二混の接種を受けた坂井和也、三混の接種を受けた山村誠についても、右各被接種児童に生じた結果と当該各予防接種との間の因果関係を否定して争っているので、まず、この点について検討する。

なお、第一審被告は、前記のとおり、ポリオ生ワクチンによって重篤な副作用が生ずることを一般論としては争っているけれども、本件においてポリオ生ワクチンの接種による副反応事故と主張されているのは第一審原告吉田達哉の関係のみであるところ、同原告に生じた被害とポリオ生ワクチンの接種との間に因果関係があることは第一審被告においてもこれを争わないのであるから、ここではこの点について立ち入って判断することはしない。

(二) このような予防接種による副反応事故発生の機序については、ワクチン製剤の中の複雑な諸因子や予防接種を受ける側の個体の条件の複雑さ(特に、被接種者が乳・幼児である場合には、健康状態等の変化が激しく、周囲の環境や身体条件の微妙な変動によっても急激な変化を起こしやすい。)などが絡み合っているだけに、医学的に解明されたとは未だ到底いえない状況であって(このことは、本件の証拠(当審における白木証言その他)及び弁論の全趣旨により明らかである。)、それだけに、予防接種を受けた後に発生した病変が果たして予防接種によるものであるか否かを見極めることは甚だ困難な作業とならざるを得ない。

しかしながら、訴訟上の因果関係については、一点の疑義も許さない自然科学的証明まで要求されるものではなく、経験則に照らして全証拠を検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することで足りるものである(最高裁判所昭和五〇年一〇月二四日第二小法廷判決・民集二九巻九号一四一七頁)。

(三) ところで、〈書証番号略〉原審及び当審における証人白木博次の証言(ただし、原審分については同証人の昭和五八年六月二八日付け及び同年一〇月四日付け各「上申書」のとおり訂正し、当審分については第一審原告ら代理人の平成四年六月一九日付け及び平成五年三月二五日付け各「上申書」のとおり訂正されたものとする。)によれば、同証人は、長く神経病理学の研究に専門的に携わってきた医学者であるが、予防接種の副反応事故につき、当該症状が予防接種によって生じたものであるか否かを判断するための原則的な基準として、①ワクチン接種と予防接種事故とが、時間的・空間的に密接していること、②他に原因となるべきものが考えられないこと、③副反応は後遺症(折れ曲がり)が、原則として、質量的に強烈であること、④事故発生のメカニズムが、実験・病理・臨床などの観点からみて、科学的・学問的に実証性や妥当性があることという、いわゆる白木四原則を提唱したことが認められる。そして、右四原則は、「臨床医学及び人体病理学は、患者達のあるがままの姿とそれを構成している諸条件を、そのままの形で素直に受け取らざるを得ないという、いわば経験科学のカテゴリーに属している医学であるから、人体におけるワクチン禍の精神・神経学的副作用の解明は、それ自体「一点の疑義も許されない精密科学的な自然科学」に基づくものではなく、「高度の蓋然性」を証明していく科学にほかならない」という見地に基づいて提唱されたものであるだけに、訴訟上の因果関係についての前記(二)の観点と符合するものであり、十分合理性があるものということができる。

なお、原判決は、この点について、(1)当該予防接種によって当該症状が発生することにつき、経験科学としての医学の立場から理論上合理的な説明が可能であること、(2)当該予防接種から当該症状の発症までの期間が一定の密接した時間的範囲内にあること、(3)当該症状の発症について他の原因が存在しないことという三要件を掲げており、右(1)は白木四原則の④に、(2)は同原則の①のうちの「時間的な密接性」に、(3)は同原則の②にほぼ符合するものであることが認められる。そして、古くはいわゆる種痘研究班或いは予防接種研究班のメンバーとして、その後は中央薬事審議会委員(生物学的製剤特別部会所属)や公衆衛生審議会委員(伝染病予防部会及び予防接種健康被害認定部会所属)として、国の予防接種行政に密接に関与してきた木村三生夫教授や平山宗宏教授の見解もほぼ同様である(木村証人の証言、〈書証番号略〉(平山教授の大阪地裁における証言調書))。確かに、原判決(同二一三枚目表一二行目から同裏七行目まで)のいうとおり、「空間的密接性」という要件は、疾病の生ずる部位(それが広い大脳であるのか、それとも比較的狭い脊髄であるのか、或いは更に狭い末梢神経であるのか等)により、予防接種後当該症状発生までの時間が変化する関係にあることに着目して立てられた条件であるから、被接種者の個体差及び接種の方法や態様等と併せて、「時間的密接性」を判断する際に考慮すれば足りることではないかとも考えられるが、当裁判所は、この点及び③の要件をも含めて、白木四原則をそのまま適用するのが相当であるものと考える(なお、「他の原則の不存在」というときの「他の原因」とは、専らそれのみで当該症状を惹起し得るに足りるものでなければならないのは勿論であるが、そればかりでなく、それが介在することによって予防接種との因果関係が排除されるに至るというものでなければならない。つまり、それと予防接種とが競合して原因となり得ることが考えられるという場合には「他の原因が存在する」とはいえないことになる。)。

ただ、白木証人は、右四原則について、その順番とおりに重視すべきであるかのようにいう(特に、④について、少なくとも現段階においては、その詳細が余りにも不明であるが故に最下位に置くべきであるとする。)けれども、当裁判所は、④が成立することが因果関係の有無を判断するに際しての大前提であると考える(したがって、原判決が(1)を第一の要件として位置づけたのは正当である。白木証人は、④の困難性を熟知している専門家であるが故に、殊更に医学の限界を強調した控え目な見解を述べているものと思われる。)。次に、当該症状と当該予防接種を具体的に結び付ける要件として、①及び③が相当に密接不可分のものとして把握されるべきであり、更に、以上の要件といわば裏腹の関係にあるものとして②の要件を位置づけるべきものと考える。すなわち、④、①及び③は、三者相俟って当該症状が予防接種による副反応であることの蓋然性を強めるはたらきをするものであり、同時に、そのことによって、②の「他の原因」の有無を検証する際に、それが存在しないことを裏側から支える関係にあるものである。それ故、右蓋然性が高ければ高いほど、そのことが「他の原因」の不存在を推測させるが、反対に、「他の原因」の可能性も大いに残されているという可能性が強ければ強いほど、予防接種による副反応であることの蓋然性が高いものであることが要求されるという相関関係にあるものと解される。

また、第一審原告らは、②の要件に関して、「他の原因の存在」が第一審被告の立証責任に属する旨主張するけれども、他原因の存否の判断はまさに因果関係の有無の判断の一内容(要素)にほかならないのであるから、②のとおり、因果関係について立証責任を負う第一審原告らにおいて、「他の原因の不存在」の立証責任を負うものと解すべきである。もっとも、既に検討したところから明らかなように、この点の具体的な立証に際しては、④、①及び③により、当該症状が予防接種による副反応であることの蓋然性が高いとの心証が強まれば強まる程、実際上は、それを否定する第一審被告の側において、他に原因となり得るものが相当高い蓋然性をもって存在することを具体的に特定して反証しなければならないという関係にあるものと考えられる。

(四) 第一審被告は、白木四原則の①のうちの「空間的密接性」という要件は科学的な概念ではないと非難し、また、「予防接種後の神経系疾患の臨床症状や病理学的所見が予防接種以外の原因による疾患のそれと異ならないため、具体的に発生した疾患が予防接種によるものか、他の原因によるものかの的確な判定が困難であり、特に、脳炎・脳症においては原因不明のものが報告症例全体の六〇ないし七〇パーセントを占めるから、白木四原則の①、②及び④の三要件のほかに、「当該予防接種から一定の期間内に発生した疾病が、それ以外の期間における発生数よりも統計上有意に高いことを示す信頼できるデーターが存在すること」を要件とすべきであり、更に、前記②の「他の原因」の中には「原因不明のもの」を含めるべきである。」とした上で、②は「少なくとも他の原因による疾病と考えるよりはワクチン接種によるものと考える方が妥当性があること」とされるべきである旨主張する。

(1) しかし、「空間的密接性」という要件は前記(三)のような考え方により立てられたものであり、これも「時間的密接性」の要件と相俟って因果関係の認定が的確に行われることに資するものであるということができるから、右第一審被告の主張は採用することができない。

(2) 次に、医学上、統計の重要なことはいうまでもないから、第一審被告のいうようなデータがあれば因果関係の有無の判断に当たり極めて有意義であることは疑いをいれないところであるが、その種の統計が存在しないことは弁論の全趣旨に照らして明らかである(〈書証番号略〉等もそのようなものとはいえない。)。

しかし、一口に予防接種といってもその内容は多種多様であり、しかも、接種時期によって内容に変遷があること、幾つかのワクチンが相前後して接種されることもあること、被接種者は極めて多数にのぼることなどの諸事情に鑑みれば、その種の統計をとること自体相当困難な作業になるものと予想される上、そもそも予防接種による副反応事故は極めて例外的に稀に発生するものであるから、統計をとってみても、果たして有意の結果が期待できるか否かは疑問である(これを裏返していえば、有意の結果が出る程に副反応事故が頻発したのでは、それこそ大変な事態だといわなければならない。)。

そして、右のような統計をとることに意味があり、かつ、それが可能であるとすれば、予防接種の実施主体である第一審被告においてこそ、予防接種による副反応の機序を解明し、副反応事故を防止するための手掛かりとするべく、そのようなデータの作成に当たっていたものと思われる。

そうすると、このようなデータがないからといって、予防接種による副反応事故であると主張されている当該症状と予防接種との間の因果関係を否定し去るのが相当でないことは多言を要しないところである。この点に関する第一審被告の主張も採用することはできない。

(3) また、「他の原因」の中に原因不明のものを含めるべきであるとすると、未だ医学的・科学的に解明されていない原因不明のものをも排除し得なければ因果関係のあることを肯定し得ないということにもなり、それは、結局は、訴訟上の因果関係についてまでも、一点の疑義も許さない自然科学的証明を要求するのと殆ど同じことに帰着し、現在の医学の発達段階においては、一律に因果関係を否定する結果にならざるを得ない。これでは、因果関係の存在について主張・立証責任を負う被接種者側にとって余りにも過酷な結果となり、相当でないことは見やすいところである。したがって、「他の原因」の中に原因不明のものを一律に含ましめるべきではない。

(4) しかし、他方で、当該疾患の原因が不明であるとされる部分が大きければ大きいほど、当該予防接種との関係についてより高い蓋然性が求められるという相関関係にあり、その限りでは「原因不明のもの」についてもある程度考慮しないわけにはいかないことも確かである。

それ故に、第一審被告は、「他の原因」の中に「原因不明のもの」を含ませることとした上で、②に代えて「少なくとも他の原因による疾病と考えるよりはワクチン接種によるものと考える方が妥当性があること」を要件とすべきである旨主張しているものと思われる。すなわち、「他の原因」中に一律に「原因不明のもの」まで含めることとすると著しく不都合な結果になるために、この要件を置くことによって妥当な結果を得るための調節的な機能を果たさせようとしたものと推測されるのである。

当裁判所は、前記(3)のとおり、「他の原因」中に「原因不明のもの」を一律に含めるべきではないと考えるものであるが、この点をある程度考慮しないわけにはいかない場合もあることも又確かであり、その場合に、右第一審被告の主張するような総合的考察がなされるべきことについては異論がない。右主張は、このような限度で正当性を認められるべきものである。

2  前記1でみた判断基準に基づいて、以下、個別的な被接種児毎の因果関係の有無を判断していくこととする。

(一) 前田五実

(1) 前記のとおり、五実は多発性硬化症を発症して結局死亡したものであるところ、証人白木博次は、その意見書(〈書証番号略〉)並びに原審及び当審における証言中において、右はジフテリアワクチンによって起きたものであると考えることができる旨述べている。

(2) ジフテリアの予防接種は、多くはジフリテリアトキソイド(ジフテリア菌を培養し培養濾液中の毒素をホルマリンで免疫原性をなるべく損なわないように無毒化したもの(〈書証番号略〉)を接種するものである。これによる副反応は、乳・幼児では殆どないが、年長児や成人では、局所の発赤・腫脹・疼痛等が認められ、ときには四〇度近い発熱、頭痛などを伴う全身反応により数日間臥床せざるを得ないような場合もあるとされる。(これらの点につき、〈書証番号略〉)

(3) ところで、多発性硬化症(MS)は中枢神経系の脱髄疾患であるが、その原因については不明な部分が多いとされている(証人木村三生夫、同植田浩司の各証言等)。そして、木村証人は、ジフテリアの予防接種で多発性硬化症が起きたという事例はないと証言し(この点は白木証言によっても裏付けられる。)、また、植田証人は、ジフテリアの予防接種後に脱髄疾患が発症したという症例報告に接したことがないと述べている(〈書証番号略〉)。

もちろん、これらの証言のとおりであるからといって、それだけでジフテリアトキソイドによって多発性硬化症が生じる可能性を否定し去ることはできないが、それにしても、右の可能性を肯定するについては十分慎重でなければならないということにはなろう。特に、前記のとおり、多発性硬化症の原因は不明な部分が多いというのであれば、尚更のことである(前記1、(四)、(4)参照)。

そして、木村証人は、ジフテリアトキソイドによって多発性硬化症が起こるとは思えないとしており、植田証言も同趣旨に帰する。

(4) しかし、ジフテリア神経炎はよく知られた末梢神経系の脱髄疾患であるとされている(〈書証番号略〉)から、ジフテリア感染症が脱髄疾患を引き起こすことがあることは明らかであり(植田証人もそのこは承知している。)、木村証人も、ジフテリアトキソイドの無毒化、不活化が不十分であった場合には、これを接種することによって、その毒素に対するアレルギーとしての末梢神経炎が生じることはあり得ることを認めている。また、〈書証番号略〉によれば、かつては我が国においても、ジフテリアワクチン接種により相当数の事故が発生していたことが認められる。

ところで、植田証人は、「ギランバレー症候群を起こす抗原は末梢神経ミエリンの特異蛋白であるP2蛋白の可能性が強いと考えられているが、中枢神経ミエリンにはP2蛋白は存在しないので、これによっては中枢神経に障害は起きないはずである」とする(〈書証番号略〉及び同証言)が、同証人の右のような見解は、「P2蛋白で多発性硬化症が起こるといわれている」という誤解が前提にあって、それに対する反論の形で表明されていることが窺われる。また、「インフルエンザワクチンにはP2蛋白は存在しないのに、これによって末梢神経の脱髄疾患であるギランバレー症候群を起こした事例が報告されている」こと、「プロテオリピッド蛋白とミエリン塩基生蛋白(P1蛋白)は中枢神経系だけではなく末梢神経系にも存在する」こと、「P1蛋白は脳脊髄の主として白質内の血管壁に炎症、細胞性浸潤を引き起こすところまでは成功しているけれども、血管壁外の脳実質内に明白な脱髄を起こすところまでは成功していない」「したがって、P1蛋白で脱髄疾患を起こすところまでは確認されていない」こと(以上はいずれも同証人が反対尋問に接して承認したところである。)からすれば、同証人がいう「ギランバレー症候群を起こす抗原は末梢神経ミエリンの特異蛋白であるP2蛋白の可能性が強いと考えられている」という点や、「中枢神経の脱髄を起こす抗原は、プロテオリピッド蛋白とミリエン塩基性蛋白(P1蛋白)である」という点は、現段階においては未だそこまで解明されているとはいえないのではないかという疑問がある(前者については、同証人自身、後に反対尋問に対して「ギランバレー症候群の原因は不明です」「P2蛋白が抗原であるということは言えません。これは初めからそうです」などとまるで正反対の証言をしているところである。)。そうすると、いわゆる共通抗原説を否定して、「現在の免疫学、生化学の中では、抗原分析が非常に進んでおりまして、そういうこと(末梢神経で起こることが、中枢神経においても一緒に起こるということ)を考えることはできない」「末梢と中枢は、脱髄を起こす機構としては、それに感作される抗原が別であるというふうに、現在、理解されている」(同証言)などと断ずることに対しても大いに疑問があるものといわざるを得ない。現に、同証人は、〈書証番号略〉(「脱髄性疾患」)に「末梢神経から塩基性蛋白を抽出すると少なくとも二種の塩基性蛋白が得られ、その一つは中枢の塩基性蛋白と同一のアミノ酸配列をもっている」「したがって、塩基性蛋白まで分解したものを抗原として用いた場合、動物は末梢神経の病変と中枢神経の病変とを同時にあらわしてくる」と記載されていることを指摘されると、「このように記載があれば、こちらの方が正しいということになるかもしれません」と答えているのである。

(5) また、〈書証番号略〉その他によれば、狂犬病ワクチンや種痘、インフルエンザワクチンなどの接種後に脳脊髄炎を起こした事例があり、これらは予防接種後急性散在性脳脊髄炎或いはワクチン接種後脳脊髄炎と総称されているところ、特に、インフルエンザワクチンは、狂犬病ワクチンなどとは異なり、神経組織を含んでいないものであるだけに、その接種後に脳脊髄炎を起こした事例があるということは、同じく神経組織を含んでいないジフテリアトキソイドにより多発性硬化症を引き起こすことがあるかどうかを考える上で重要な意味を持つものである。

そして、〈書証番号略〉によれば、ドイツではジフテリア予防接種後に脳炎や脳脊髄炎を起こした事例が九例(ただし、そのうちの四例は猩紅熱と、三例は破傷風との混合ワクチンである。)報告されていること、〈書証番号略〉によれば、第二次大戦中にアルミニウム沈降型ジフテリアトキソイドを投与された小児の事故例三例が報告されており、うち一人が二日後に死亡し、剖検で脳炎の存在が示されたこと、他の二人の小児については両側性眼球後部神経炎が進行し、うち一人には播種性脳脊髄膜炎があったとされていること、〈書証番号略〉によれば、我が国においてもジフテリア抗血清注射後に静脈周囲脳炎を呈した症例が一例報告されていること、〈書証番号略〉によれば、右の「脳脊髄炎」や「静脈周囲脳炎」はいずれも「急性散在性脳脊髄炎(ADEM)」と同義語であるものと考えてよいことが認められる。

(6) ところで、「急性散在性脳脊髄炎と急性多発性硬化症とは区別しがたい。しかし、一部の学者は別のものであるという説もある」(〈書証番号略〉)とされていたことさえある程に、両者は類似したものである。

ただ、〈書証番号略〉においては「MSが多相性に再発寛解を繰り返すのに対し、これらでは単相性の経過をとる」とされており、このような理解がむしろ一般的であったものということができるようである(例えば、〈書証番号略〉にも同趣旨の記載があり、また、植田証人も両者の差異について同様の理解に基づいた証言をしている。)。

しかし、〈書証番号略〉によれば、「急性散在性脳脊髄炎も将来MSになる可能性がある」とされ、〈書証番号略〉でも「ADEMとMSとは移行を示す」とされ、更に、〈書証番号略〉では「(両者は)互いに移行を示すことがあり、同一疾患の異なる病態である可能性がある」とされ、「(ADEMの)大部分は単相性であるが、一旦緩解してから再発を示し、MSとの移行と考えられる場合もある。特に、一〇歳以下の小児で、炎症反応が著名で皮下出血などを伴い、髄液に著名な細胞増加を示し、経過は完全緩解と再発を繰り返し、二ないし五年で死亡し、病理学的に壊死や小出血を伴った重篤な脱髄性炎を散在的に認める型(急性再発型散在性脳脊髄炎)がある」とされている。現に、五実の場合においても、〈書証番号略〉によれば、五実の診察に当たった九州厚生年金病院の梅崎医師は「急性再発型散在性脳脊髄炎」と診断し、九大の黒岩義五郎教授に依頼して診察してもらった結果も同じであったことが認められ、また、同病院の井原医師は「多発性硬化症の中の急性散在性脳脊髄炎」であるとし(〈書証番号略〉)、更に、五実の剖検所見においては「急性播種性脳脊髄炎(急性多発性硬化症)」などとされていた(〈書証番号略〉)ところである。

そして、「狂犬病の予防接種後の急性散在性脳脊髄炎では、その晩期型のものに、多発性硬化症のそれと異ならない脱髄班が認められる」(〈書証番号略〉)とされ、また〈書証番号略〉及び前記(1)掲記の各証拠によれば、動物に中枢神経組織又はこれに由来する抗原成分を接種することにより実験的脳脊髄炎(EAE)を引き起こすことができるところ、その後、慢性再発性EAEの作製にも成功し、これがMSの実験的モデルとされていることが認められる。

また、〈書証番号略〉によれば、インフルエンザワクチン接種後二九日目にADEMを発症した六歳の女児の事例では、その後急性再発性散在性脳脊髄炎といえる経過を示し、年齢の点を除けば多発性硬化症の診断基準をみたしたことが報告されている(右は、多発性硬化症が小児に発現することは稀であることが前提にされているものである。)。

加えて、植田証人も、最終的には、ジフテリアトキソイドによりADEMが起こり得ると考えざるを得ないと証言するに至っている。

(7) 以上、検討したところを総合すれば、前記(1)の白木証人の意見や証言が裏付けられるものということができる。

ただ、五実は、問題のジフテリア予防接種の翌日には右下肢痛を訴え、右足を跛行させるようになったものである(前記第二、二、1の(三)参照)ところ、白木証言のとおり、遅延型アレルギーの機序により多発性硬化症が発症することのあることが認められるとしても、多発性硬化症は中枢神経系の脱髄性疾患であって、末梢に機能障害が認められても、それは末梢神経が障害されたからではなく、中枢神経が障害された結果、それによる機能障害が時間的・空間的多発性をもって臨床的に発現したものであるから、仮に、前記五実の右下肢痛等の症状が多発性硬化症の一症状であるとすれば(〈書証番号略〉、四肢痛は末梢神経障害の場合のみならず、中枢神経障害による放散痛として発現するものもあることが認められる。)、接種後わずか一日で同症が発症したことになるが、このように短期間のうちに、遅延型アレルギーの機序により多発性硬化症が発症するものとすることについては疑問がないわけではない(例えば、〈書証番号略〉(証人植田浩司の意見書)及び同証言においては、「狂犬病ワクチンやインフルエンザワクチン接種後の遅延型アレルギーの機序による症状の発現までには、最も早くても六日を要する」ものとされている。)。

この点について、白木証人は、原審においては、「五実の右下肢痛等は右足の末梢神経が冒されたものであるが、狭い場所に病巣が出来た場合、早く症状が出る」などと証言していたが、当審においては、「当初の障害(前記右下肢痛等)は末梢神経の脱髄疾患であるギランバレー症候群である」とするに至った。しかし、それでは、五実の症状のうち、どこまでがギランバレー症候群のそれであり、どこからが多発性硬化症によるものであるのかは必ずしも明らかではないし、両者の関係は如何なるものであるのかも不明である。そればかりか、〈書証番号略〉によれば、ギランバレー症候群においては、運動障害は腱反射の消失が特徴であって、深部腱反射の消失が同症候群の診断に際し必要的な病像とされている程であることが認められるところ、五実にあっては、これとは相反する深部反射の亢進が認められたのである。

そうすると、五実の当初の症状がギランバレー症候群であるとは直ちに断じ難いものがあるが、前記植田証言も必ずしも確実なものとは思われないのであり、また〈書証番号略〉によれば、ジフテリア毒素は一時間以内に末梢神経繊維のシュワン細胞に個着すること、また、末梢神経症の潜伏期間はジフテリア毒素の量と動物種によって違ってくることが認められるから、五実の右初期症状が右ジフテリア性末梢神経症であることまでは否定することができない。したがって、右初期症状も又ジフテリア予防接種による副反応であると見ることができ、結局、これをも含めて前記の訴訟上の因果関係を肯定することができる。

(二) 矢冨亜希子

(1) 亜希子に生じた諸症状及び死の結果と種痘予防接種との間に因果関係があるか否かを判断する前提として、亜希子の最初の痙攣発作がいつ起きたものと認められるかという問題がある。

この点につき、①〈書証番号略〉(医師増田稔作成の昭和四五年一〇月二九日付け診断書)には「昭和四一年四月二一日」とあり、②〈書証番号略〉(同医師の昭和四七年三月四日付け診断書)には「昭和四一年三月一〇日」とあるのに、③〈書証番号略〉(昭和四七年三月四日付け診断書の再交付分(昭和五八年二月二八日付け))では、「②の診断書に「昭和四一年三月一〇日」とあるのは「同年二月一〇日」の誤記であったから再交付する」とされ、④〈書証番号略〉(同医師の昭和六〇年五月一八日付け陳述書)には、右各診断書の内容及び作成経緯につき説明がなされ、③のように診断書を再交付するに至った事情の説明がある。また、⑤〈書証番号略〉(第一審原告矢冨富士子の陳述書)や同原告の本人尋問の結果は③に副うものとなっているが、他方、⑥〈書証番号略〉(第一審原告矢冨實次作成名義の「後遺症一時金支給申請書」及び「病状経過書」には、「接種当日の夜から痙攣発作があった」旨の記載がある。

第一審被告は、原審においては、③や④は診察後一七年ないし一九年も経過した時点で作成されたものであり、結局は富士子の陳述に副って訂正されたものにすぎないから信用できないとした上で、「亜希子の最初の痙攣発作は、①によれば予防接種後八〇日、②によれば三八日を経て出現したものであるところ、種痘の反応は少なくとも接種後二一日目までには治癒しているから、種痘が右痙攣発作の原因ないしは誘因となったとは考えられない」旨主張していたが、当審では、前記⑥を信用すべきだとした上で、「潜伏期を考慮すれば、このように早く痙攣発作が生ずることはあり得ないから、これは予防接種(種痘)の副反応ではなく、亜希子の痙攣素因の発現とその自然経過である」と主張するに至った。

しかし、⑥は、その性質上、そもそも余り証拠価値が高いとはいえない。また、増田医師の診断書の記載の変遷には確かに疑問があるし、③が診察後一七年も経ってから作成されたものである上、その間の事情説明(④)も必ずしも説得力があるものではないが、それだからといって、亜希子の最も身近にあって介抱に当たっていた富士子の供述等(⑤)を直ちに排斥することはできず、そうすると、結局は③ないし⑤により、亜希子の最初の痙攣発作は昭和四一年二月一〇日ころにあったものと認めるべきこととなるから、前記第一審被告の主張はいずれも採用することができない。

(2) 更に、第一審被告は、「種痘後脳炎・脳症の場合には必ず意識障害が伴うのに、亜希子の場合にはこれが認められないから、脳炎・脳症ではない」と主張し、植田証人はこれに副う意見書(〈書証番号略〉)を提出するとともに同趣旨の証言をしている。また、右のうち、「種痘後脳炎・脳症の場合には必ず意識障害が伴う」という点は木村証人や平山教授(〈書証番号略〉)もその旨証言しているところである。

しかし、植田証人が「亜希子には意識障害がなかった」とする理由を見ると、「意識障害があるかないかということは、子供を、ある程度以上の経験を持った医師が見れば、そう判断に難しい問題ではないと思います」「ものをいわない赤ん坊でも意識障害があるかないかという判断は可能です」「(親は)どの程度の意識障害があるかという判断は別問題として、この子供が意識がないという状態はその子の目を見て、いろんなケアをしていく中で、どうしてもおかしいということで、ご両親には認識されるものだと思っています。」などという前提に立った上で、亜希子の意識障害について「診察医(前記増田医師)のみならず、親も確認していない」からということに帰するところ、〈書証番号略〉の記載内容をそのようなものとして読むのは大いに疑問があるものとしなければならない。また、同証人が前提とするところについても、乳・幼児の場合には、意識障害が生じているか否かの判断は必ずしも簡単ではなく(〈書証番号略〉当審における白木証言)、特に、痙攣を起こしたときには、その最中はもちろん、それが止んだ後も一定の間は意識障害があることが多いわけである(植田証言、白木証言)から、これとは別に脳炎・脳症に基づく意識障害があるか否かを見極めることは相当困難なことといわなければならない。いずれにしても、前記植田証言及びこれに基づく第一審被告の主張を採用することはできない。

(3) そうすると、亜希子の症状及び死亡については、昭和四一年二月一日に受けた種痘により種痘後急性脳症を発症したものであり、それによって死亡したものであるとする白木証言は説得力があるものということができる(なお、植田証人も「(亜希子の痙攣の発症日が種痘の接種から九日後の二月一〇日であったとすれば)その時は種痘が原因で起こった痙攣ということは非常に確かにいえることではないかと思います。なおかつ、その時に熱でも伴っておりますと、種痘による発熱による熱性痙攣ということもありましょうし、種痘による脳炎・脳症である可能性もあります」と証言し、木村証人においても「そういう時期に痙攣が起こったとすれば、その痙攣発作というものは種痘との因果関係があるということになると思います」と証言しているところである。)。

したがって、亜希子についても因果関係を肯定することができる。

(三) 山科美佐江

(1) インフルエンザワクチンの接種後に末梢神経の脱髄疾患であるギランバレー症候群を起こした事例や脳脊髄炎を起こした事例が報告されていることは、前記(一)、(4)及び(5)のとおりである。しかし、〈書証番号略〉及び弁論の全趣旨によれば、我が国においては昭和四七年以降HAワクチンが使用されることになったことが認められるから、美佐江の場合にも同ワクチンが接種されたものということができるところ、第一審被告は、HAワクチンの場合には重篤な副反応事故が生ずることは殆どないと主張する。なるほど、〈書証番号略〉によれば、HAワクチンは従来のインフルエンザワクチンに比べて副作用が少ない(四分の一から七分の一位に減っているというデータがあるとされる。)ことが認められるけれども、これが絶無というわけにはいかず、現に、〈書証番号略〉及び証人佐々木秀隆の証言によれば、HAワクチンの場合にも、これとの関係を否定できないとする死亡事故等の重大な事故が生じていることが認められる。

そして、〈書証番号略〉証人佐々木秀隆の証言、原審及び当審における白木証言によれば、白木証人は、美佐江の症状を急性脳症であるとした上で、これは本件予防接種により生じたものであるとし(ただし、同証人は、美佐江が急死した機序について、原審においては、脳浮腫、ヘルニア、脳幹圧迫、呼吸中枢等圧迫、そして急死という図式で説明していたのに、当審では、永田教授の剖検所見に「脳に著変なし」と記載されていることや美佐江が殆ど九歳に近かったことを考えると、脳浮腫によっても脳重量がそれほど増加していない可能性があるということから、右の圧迫症状だけでは説明がつきにくいとして、「脳幹網様体の中にある呼吸中枢、或いは心臓循環の中枢のアストログリア、或いはオリゴデンドログリアが冒されると、脳幹網様体の中にある中枢も冒されて、これが急死につながる」というように説明が変化している。)、佐々木証人は、本件予防接種によって急性脳症を含む中枢神経系の重要なトラブルが突発したか、もしくは、抗原抗体反応などの何らかのアレルギー反応が突発したことによるとしか考えようがないとしている。

(2) しかしながら、〈書証番号略〉(美佐江の遺体の剖検所見)には「脳に著変なし」とあるところ、第一審被告は、この点に依拠して、「脳症があれば必ず肉眼的にも著明な脳浮腫が見られる筈であるのに、これが見られないことは脳症ではなかったことを意味する。」と主張する。

確かに、「肉眼的にも著明な脳浮腫」があれば、専門家(法医学者)がそれを見落とすようなことは一般的には考え難いし、また、「あらためて永田教授(現在は九大医学部法医学教室教授)と二人で剖検所見を読み合わせながら議論したが、その際にも、同教授から「脳浮腫は認めない」「(永田教授の手元に保存されていた美佐江の脳の)病理標本を見直しても、積極的に脳浮腫を証明するものはない」との確認を得た」旨の植田証言もあるところである。

しかし、右植田証言は結局伝聞の域を出ないから、同証人の証人としての資質の高さを考慮したとしても、これを直ちに全面的に採用するのは問題である(永田教授の手元に美佐江の脳の組織標本まで残っていたというのであれば、それの鑑定や、少なくとも永田教授の証人尋問を実施することが考えられなければなるまい。)。

加えて、佐々木証人は「高度の脳症であれば、浮腫も注意して見ればわかるかもしれませんが、脳に病変がないというのが脳症の一つの特徴ですから、そういう点では解剖で見つからない可能性は大いにあると思います」と証言しており、また、当審における白木証言及び同証人の意見書(〈書証番号略〉)によれば、脳浮腫(但し、疫痢の場合である。)による脳重量の増加は六歳以下の場合に著しく、六歳を超えると余り目立たなくなり、八、九歳の小児では僅かとなることが認められる。したがって、当時ほぼ八歳一〇か月に達していた美佐江の場合には、脳浮腫があったとしてもそれほど典型的な所見がなかった可能性があるものといわなければならない。

また、植田証言及び弁論の全趣旨によれば、前記のような植田証言があった後に、第一審原告ら代理人(田中久敏弁護士)において永田教授に面会したこと、その結果、同教授は美佐江の大脳の皮質の一か所だけを取って組織標本を作ったものであることが明らかになったことが認められるところ、前掲白木証言及び同意見書(〈書証番号略〉)によれば、急性脳症が疑われる場合には、本来、少なくとも半球体標本を作って、脳の左右差を比較してみるなどの検討がなされるべきであり、更に、脳の表面だけでなく、小脳部分の検討が十分なされるべきであること、また、脳浮腫の有無を調べるには、皮質以上に白質部分を十分に調べる必要があり、そのためには、通常はヘマトキシリンエオジン染色から入るが、これでは発見できない浮腫も多く、特に、急性期の脳浮腫の場合には、髄鞘のミエリン染色や軸索の染色を行っても十分な所見が得られるとは限らないので、白質におけるアストログリアとその突起を染色する「カハールの銀染色」という特殊染色や、オリゴデンドログリアの染色(ペンフィールド染色)を行うことが必要であるものとされる。そうすると、永田教授の前記剖検所見は、美佐江に急性脳症があったか否かという見地からする脳の検討に関する限りでは不十分なものがあったといわざるを得ない(それには、原判決も指摘するように、美佐江に顕著な悪性リンパ腫があることが判明したことが大いに影響しているものと思われる。)。そして、それ故に、前記のような植田証言があったにもかかわらず、永田教授の証人尋問等の申請もないまま終わったものと推測されるのである。

以上、検討したところによれば、第一審被告の前記主張は、その前提からして疑問があるものといわざるを得ないから、到底採用することができない。

(3) 美佐江の遺体は永田武明福岡大学教授により解剖に付された結果、美佐江には悪性リンパ腫があり、胸腺腫瘤、脾臓や肝臓への浸潤が見られたことは、前記第二、二、3、(六)のとおりであるところ、第一審被告は、植田証言及び同意見書(〈書証番号略〉)や文献(「小児腫瘍学」の「腫瘍学における緊急症」(〈書証番号略〉)に依拠して、「今日の医学的知見によれば、胸部の悪性腫瘍により上大静脈症候群ないし上縦隔症候群を来して急死することが広く知られている」「美佐江の臨床症状も上大静脈症候群(植田証人によれば、小児の場合には、上大静脈症候群と上縦隔症候群は同義語として用いられるので、単に上大静脈症候群と表現したものであるとされている。)によるものと考えて矛盾がない」などと主張している(平成五年三月二六日付け第八準備書面)。

ところで、第一審被告は、原審では、「美佐江については、悪性リンパ腫が重要な臓器である肝臓・脾臓をも冒しており、かかる身体の状況のもとでは些細な刺激が引き金(誘因)となって突然死をもたらす可能性があるが、その刺激については特定できない(本件予防接種が引き金になったことも完全には否定しきれないが、何らかのウィルス感染又は咳発作が誘因となったことも考えられる。)。」と主張していたのに、当審では、「美佐江は悪性リンパ腫の浸潤により肺水腫をきたしていたところへ、喘息様発作が加わった急性呼吸不全で死亡したものである。」(平成三年一月一八日付け第五準備書面)とされ、更に、第八準備書面で前記のとおり主張するに至ったものであって、その主張に変遷が見られることは第一審被告らが指摘するとおりである。

しかし、前記植田見解のような医学的知見が教科書に表れたり、臨床医の間でこの点に関する認識が広まったのは比較的最近のことであるものと認められる(植田証人は、それは一九八〇年代に入ってからのことであると証言してる。なお、〈書証番号略〉によれば、同号証の一の原本は一九八九年に我が国で複製刊行されたものであることが認められる。)から、右のような主張の変遷にもある程度やむを得ないところがあるものといわなければならない。しかも、第一審被告は、既に原審において、「美佐江の急死の原因は、胸腺の悪性リンパ腫、それがもたらした胸腺腫瘤、脾臓・肝臓への浸潤、白血病像等、美佐江の身体の病理学的変化によるものである。右病理学的変化が具体的にいかにして美佐江の急死をもたらしたかについては、もはやこれを確定する方法はない」としながらも、一つの可能性として、「胸腺に生じた腫瘤が気管支や心臓等、周辺の臓器を圧迫する等、身体に重大な病理的変調をもたらすであろうことは容易に想像できる」としていたのであるから、上大静脈症候群ないし上縦隔症候群という明確な主張こそなかったものの、基本的には前記植田見解とほぼ同様の主張をしていたとも解されないではない。

そうすると、第一審被告の主張が変遷しているという、それだけの理由でこれを採用しないものとすることはできない。そこで、以下、この点について内容に踏み込んで検討することとする。

ア 〈書証番号略〉には、「上縦隔症候群の主な症状は、咳、嗄声、呼吸困難、起座呼吸と胸痛である」とあり、咳と呼吸困難は美佐江の症状と合致するものということができる。

しかし、〈書証番号略〉(前掲佐々木証人の意見書)によれば、美佐江の場合、まず意識消失が突発先行しており、呼吸障害は意識消失に次いで起こった死に直面しての帰結症状としてしか表れていないものと見るべきである。また、美佐江は本件予防接種前から風邪を引いて微熱があり、鼻水と咳が出ていたため、広田医院に通院して治療を受けていたものであることは前記第二、二、5、(五)のとおりである。そうすると、咳については、美佐江が風邪を引いていたこととも符合するものであるといわなければならない。

イ また、〈書証番号略及び植田証言〉によれば、小児の上大静脈症候群ないしは上縦隔症候群の症例は稀であり、まして、これによって急死した事例は極めて限られている(しかも、その殆どは麻酔の影響下(麻酔導入時及びその後、或いは気管内チューブを抜去した後)に起こったものであるが、これは、腫瘤による圧迫に抗して気道を拡げている筋が全身麻酔又は筋弛緩剤等によって弛緩させられたため気道を拡げておくことができなくなることによるものと考えられる。)ことが認められる。

ウ 確かに、〈書証番号略〉によれば、美佐江の悪性リンパ腫は決して軽度のものではなかった(胸腺腫瘤も、上下に九センチメートル、左右に五センチメートル、厚さが最大三センチメートルであるから、かなり大きい。)ことが認められるところ、「胸腺腫瘍が循環器系や呼吸器系等の周囲器官を圧迫して、浮腫、喘鳴、咳といった症状を呈することが知られている」から、美佐江の場合においても、「腫瘍の大きさからみて、なにがしかの臨床症状があったとしても不思議ではない」が、同時に「周囲から重症とは気付かれない程度の生活をしていた中で、突然死するほどに病状そのものが進行していたとは考え難い」のであり、また、「気道閉塞」なとの所見は認められない(以上につき、〈書証番号略〉から、腫瘤による直接の気管圧迫は考えられないし(〈書証番号略〉)、また、美佐江には顔面等の浮腫や発赤を伴う腫脹その他の上大静脈症候群の前駆症状(〈書証番号略〉)が見られていないのである(〈書証番号略〉及び当審における白木証言)。

エ これらを総合すると、美佐江が上大静脈症候群ないしは上縦隔症候群により急死したものとする前記植田見解にはいささか無理があるものといわなければならない。

そうすると、美佐江に基礎疾患として悪性リンパ腫があったことを重視しないわけにはいかない(右疾患のために免疫産生異常を来していたことが考えられるからである。)のはもちろんであるが、他方で、美佐江の突然死に本件予防接種の影響がなかったものとすることもできない。永田教授も「インフルエンザワクチンが誘因としてなにがしかの役をつとめた可能性は否定できない」としているところである(〈書証番号略〉)。

(4) 以上によれば、前記白木見解或いは佐々木見解は十分説得的であるものと評することができる。

したがって、美佐江の突然死と本件予防接種との間には因果関係があるものと結論される。

(四) 第一審原告坂井和也

(1) 白木証人(原審)は、和也が本件二混予防接種を受けて六時間後に発現した症状は急性脳症によるものであり、右は本件二混予防接種によるものであるとしている。

(2) 第一審被告は、和也には意識障害が見られないから脳炎・脳症とは考えられないと主張するが、前記(二)の(2)で見たとおり、乳・幼児の場合には意識障害の有無を見分けることは必ずしも容易なことではないし、特に、痙攣に必然的に伴う意識障害と区別して、脳炎・脳症に由来する意識障害があるか否かを見極めることは相当困難なことである。また、前記第二、二、4(五)のような症状があった以上、大山医師作成の診療録に「意識障害があった」旨の記載がないからといって、和也に意識障害がなかったとすることはできないものといわなければならないから、右第一審被告の主張に副う木村証言を採用することはできない。なお、植田証人も、その意見書(〈書証番号略〉)中では、「本児は、意識障害がないことから、脳炎・脳症をきたしているとは考えられない」としていたのに、証人尋問の際には、「意識障害がないということを積極的に裏付ける証拠に乏しいというのが、私の最終的な答えです」「(意見書作成の)作業過程におきましては、このように考えて書いたことは間違いないんですが、その後、資料を見ていきますと、どうしてもこの子供に意識障害がなかったという確たる証拠を見つけ出すことができなかった」などとして、意見書の当該部分(一八頁)を取り消す旨申し出ているのである。

そうすると、和也に意識障害がなかったなどとすることはできず、前記(1)の白木証言を左右するに足りる証拠はないことに帰する。

(3) また、第一審被告が主張する「和也は本件予防接種を受ける以前からかなり強度の喘息様の発作を起こしていたものと思われ、右発作による呼吸器障害のために低酸素血症をきたし、脳細胞が障害されたものである」との点にしても、専ら、和也が昭和三九年三月一日、四日及び六日に吸入療法を受けていること並びに同月一七日に大山医院に入院後も同療法を受けていることを根拠にするものにすぎないところ、これだけでは、和也に「低酸素血症をきたし、脳細胞が障害される」程の喘息様発作があったということを認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠もない。

(4) したがって、和也に発現した症状及びその後遺障害と本件二混予防接種との間には因果関係があるものと認められる。

(五) 第一審原告山村誠

(1) 〈書証番号略〉(佐々木証人の意見書)、〈書証番号略〉(白木証人の意見書)、佐々木証言、原審及び当審における白木証言によれば、誠は本件三混予防接種により急性脳症を発症したものであるとされる。

(2) これに対し、第一審被告は、誠の初発時の痙攣時に意識障害はなかったと主張し、〈書証番号略〉(昭和五〇年三月二〇日付け高嶋医師作成の診断書)には「(昭和四八年三月二三日午後六時に来院した際、呼吸不全と)意識障害があった」との記載があるけれども、〈書証番号略〉(最初に診察した梅野医師作成の診断書)及び〈書証番号略〉(梅野医師及び九大に転送後の満留医師作成の診療録)にはその旨の記載がないこと、及び、誠が「徐々に回復して当日帰宅している」(〈書証番号略〉)ことに照らせば、前記高嶋医師の記載は信用することができず、したがって、誠の右症状は脳症ではなかったと主張する。

確かに、高嶋医師は誠が再来院時に診察した医師であり、しかも、〈書証番号略〉は初診時からほぼ二年後に作成されたものであるから、同号証の前記記載をどの程度信用することができるかは疑問なしとしない。また、前記(二)の(2)のとおり、痙攣には意識障害が伴うものであるから、高嶋医師が記載した「意識障害」が果たしてこれとは別個の脳炎・脳症に基づくものであると解されるかどうかも問題ではある。しかし、乳・幼児の場合には意識障害の有無を見分けることは必ずしも容易なことではなく、特に、痙攣に必然的に伴う意識障害と区別して、脳炎・脳症による意識障害があるか否かを見極めることの困難なことは前記(二)の(2)で見たとおりであるし、また、前記第二、二、7、(五)のような症状があった以上、梅野医師及び満留医師作成の診療録に「意識障害があった」旨の記載がないからといって、誠に意識障害がなかったとすることはできないものというべきである。更に、誠が当日入院せずに帰宅していることも意識障害がなかったと断ずる根拠にはならない。

そうすると、右第一審被告の主張を採用することはできず、これを前提とする植田証言についても又同様である(しかも、植田証人も、最終的には「(小児の場合には)どの程度の意識障害があるのかという判断は難しい。成人のようにはいきません」とした上で、「(誠に意識障害があったことを)否定する明確な記載は、そこにはなかったというこです」と証言しているのである。)。

(3) また、第一審被告は、植田証言に依拠して、誠の二回目の痙攣発作はヘルパンギーナ(夏風邪の一種)によって誘発された熱性痙攣であるなどと主張する。すなわち、同証人は、〈書証番号略〉(五枚目表の「口腔」の項)に「スモールアルサーという小さな潰瘍が多数と発赤を認めると、こう書いてありますので、これは、普通、夏風邪、ヘルパンジーナに見られる所見だというふうに理解をします」と証言するのである。

確かに、右二回目の痙攣は、本件予防接種後二か月以上も経過した昭和四八年六月九日に発生しているのであるから、本件予防接種に起因するものであるか否か疑問がないわけではないが、だからといって、誠の口腔に見られた右症状だけをもってヘルパンギーナであるとすることも又いささか問題であり、まして、誠の右痙攣が「ヘルパンギーナによって誘発された熱性痙攣である」と断ずるのは、当時、誠を直接診察した九大病院の医師が、「(誠の痙攣の)誘因は不明である」(〈書証番号略〉)としていることに照らしても大いに疑問があるものとしなければならない。

そうすると、右二回目の痙攣も本件予防接種による二次的障害として続発しているものと見るのが自然であるとする佐々木見解(佐々木証人の意見書(〈書証番号略〉)及び証言)の信用性は、なお覆されるまでには至らないものというべきである。

(4) 誠の出生時のトラブルの影響について

ア 誠は分娩直後に産声をあげず、啼泣後にも軽いチアノーゼと軽い痙攣があり、右痙攣が三、四日程続いたことは前記第二、二、7、(一)のとおりである。

第一審被告は、右に加えて、誠には、分娩が遷延したために一五分の生下時仮死があり、その後も発達遅滞が見られたことなどに照らせば、誠は分娩時に既に脳に機質的な障害を負っていたものと考えられると主張している。そして、〈書証番号略〉には、右主張に副う「分娩遷延し、生下時仮死あり(一五分)、直後より痙攣あり、九大病院未熟児室入院、三日間持続、二〇日目に退院、小児科再来、フォローアップを受けていた」との記載があり、これは第一審原告村山照子に対する問診の結果に基づいて記載されたものと思われる。

しかし、〈書証番号略〉(母子手帳)においては、「出産時の児の状態」欄の「生産、仮死産(仮死→蘇生・死亡)、死産」のうち、「生産」が丸印で囲まれており、また〈書証番号略〉によれば、誠の分娩時間は一四時間、アプガール指数は七点であり、特に異常を認めなかったとされているから、これらに照らせば、何故〈書証番号略〉のような記載がなされるに至ったのか不可解なところではあるが、いずれにしても、誠の仮死状態は、母子手帳に敢えて「仮死」として記載するまでもない程度の軽いものであったと考えられる。また、誠が、その後ほぼ順調に成育していたことは前記第二、二、7、(二)のとおりである。

イ そうすると、誠は出産時に若干のトラブルはあったものの、右はそれほど重大なものではなかったものと見るのが相当である。

しかしながら、誠は、分娩時に軽度とはいえ仮死状態にあったものであり、新生児痙攣もあったこと、その後の成長度も標準より遅れており、そのため九大小児科外来においてフォローアップが続けられていたこと等からすると、誠の出生時のトラブルを全く無視してしまうこともできない。照子は、生後七か月目ころの脳波検査でも結果は正常であった旨供述するけれども、脳波に異常が認められないからといって、直ちに何らの問題もないものと断ずることはできず、特に、白木証人が、その底上げ現象ないしは内的不調和の理論の説明のために紹介するような動物実験の結果を考え併せるときは、前記のような出生時の事情のために、誠には、やはり一定の負因となりうるような脳の障害があったものと考えるのが相当である。

ウ ただ、右障害は、それ自体としては必ずしも重大なものではないと考えるべきことは前記のとおりであるから、それだけで、昭和四八年三月二三日及び同年六月九日に出現したような重症かつ悪性の痙攣発作を招来するとまでは考えることができず、したがって、これには本件予防接種が寄与しているものといわざるを得ない。

(5) 以上によれば、誠は、その出生時のトラブルにより脳に軽度の機質的な障害を負っていたところへ、本件予防接種を受けたことが誘因となって重篤な副反応を生じたものと見るのが相当である。

したがって、誠に生じた症状及び後遺障害についても、本件予防接種との間の因果関係が認められる。

二第一審被告の国賠法上の責任の有無

1  第一審原告坂井和也に対する本件二混予防接種が第一審被告(以下「国」ということがある。)の公権力の行使と認められるか否か

右争点について、その判断の前提となる事実認定は、原判決二〇七枚目表初行から同四行目までのとおりであるから、これを引用する。

そうすると、本件二混予防接種は旧法六条の二に基づくものであり、それ自体は私人たる開業医(大山医師)の行為であって、国の公権力の行使とは認められないものというほかはない。

しかしながら、この種の個別接種についても、国の強制予防接種制度の一環として組み込まれているものであって、法による予防接種としての効果を持つものである。そうすると、予防接種を実施するという制度的枠組みを作り上げ、その中に国民を置き、しかも法により予防接種を受けることを義務付けたということ自体が国の公権力の行使であり、予防接種の実施はその実現ないし結果にすぎないものと把握されるべきである。したがって、およそ予防接種を受けた者は、実施者や実施の根拠法条の如何を問わず、国の公権力の行使を受けたものであるということができる。

2  国の故意・過失について

(一) 国には(未必の)故意があるとの第一審原告らの主張について

予防接種による副反応事故の発生が極めて例外的ではあるが、殆ど避け難いものとされていること、然るに、後記(二)で見るとおり、国は、この種事故防止のために、周到で、かつ徹底した方策を講じていたとは到底思えないことに照らせば、第一審原告らにおいてこのような主張をするのもあながち理解できないわけではない。

しかし、(未必の)故意の有無はあくまで当該被接種者に対する接種の関係で個別具体的に検討されるべきものであるから、これを否定すべきことについては多言を要しない。また、仮に、原判決のように、これを「厚生省公衆衛生局長等の組織体の制度的決定における故意」と解するにしても、事故発生率がかなり低いものであること等を考えれば、いずれにしてもこれを肯定することはできない。

(二) 過失について

(1) 第一審原告らは、前記第二、三、2、(二)、(1)のとおりの種々の過失を主張しているが、弁論の全趣旨によれば、その最も主要なものは、本件被接種児全員に対する関係で主張されている「副作用を説明しなかった過失」「十分な予診をしなかった過失」「禁忌者に接種した過失」であり、また、当審になって、これらを総合する形で主張された「厚生大臣が禁忌該当者に予防接種を実施させないための十分な措置をとることを怠った過失」であることが明らかである(なお、第一審原告らは、原審では、第一審原告新須玲子については禁忌該当者であるのと主張をしていなかったが、当審において、最高裁平成三年四月一九日第二小法廷判決)を受けて、同原告を含む本件被接種児全員が禁忌者であったと主張するに至ったことは、前記のとおりである。)。

(2) そこで、まず、「厚生大臣が禁忌該当者に予防接種を実施させないための十分な措置をとることを怠った過失」について検討を加えることとする。なお、以下において、判断の基礎として列記する諸事実は、個別的に証拠を掲記しているものを除いては、本件の証拠上明らかに認められるものであるから、一々証拠を掲げることはしない。

ア そもそも、予防接種は、異物であるワクチンを人体に注入するものであるから、当然のことながらそれなりの危険を伴うものであって、軽度の発熱、発赤、発疹等の副作用が相当程度生ずることと、更には、時として、脳炎・脳症といった生命にもかかわるような重篤な副反応が生ずることもあることが知られており、特に、種痘については種痘後脳炎が発症することのあることが古くから認識され、また、相当数の症例が報告されていたところである。

そして、右のことは国も十分認識していたものということができる。

イ そこで、予防接種から生ずることのあるこのような副反応事故を防止することを目的として、経験的に、重篤な副反応の発生する蓋然性が高いと考えられる被接種者側の特定の事情(身体的状態)を「禁忌」とし、これに該当する者を「禁忌者」として予防接種の対象から除外するという措置が従来からとられてきた(その最初の例は、種痘法下の種痘施術心得一一条である。)。そして、昭和三三年に実施規則が制定施行され、その四条に禁忌事項が定められて以降、昭和五一年の実施規則改正に致るまでの経緯及びその具体的な内容は前記第二、二、11のとおりである。

しかし、このような禁忌に関する規定自体がかなり変遷している上、その内容について見ても、禁忌とされている事項が副反応の危険性に直結するものばかりではないことが分かる。例えば、昭和三三年の実施規則の禁忌事項は、一号が疾病に罹患しているか否かの見地、二号が体力的な見地、三号が体質的見地(アレルギー体質、痙攣性体質)から定められているものであり、四号は胎児に対する悪影響を考慮したもの、五号は種痘に固有のものであるが、これらの全部が副反応の危険性と直接に関係するわけではないことは明らかである。また、昭和五一年実施規則のそれについて見ても、〈書証番号略〉(右規則の改訂作業に当たった平山宗宏教授の東京地裁における証人尋問調書)によれば、禁忌事項は、それによってまさしく副反応が発生するという真性(真正)禁忌事項と、副反応発生の蓋然性があるために禁忌とされているもの、副反応と紛らわしい症状の紛れ込みを防止するという見地から禁忌とされているもの、予防接種の効果を無効ならしめないことを目的とするものに分類されるが、同規則に定める禁忌事項中にはは存在せず(ただし、とは蓋然性の程度の差に帰着するものであるとされる。)、1号の「発熱者」、「著しい栄養障害者」は、「著しい栄養障害者」のうち免疫産生異常のある者は(ただし、そのうちの一部は)、2号は(ただし、一部は)、3号、4号は(ただし、4号の一部は)、5号は6号は胎児に対する悪影響を考慮したものであるが、生ワクチンについては、不活化ワクチンでは、7号のうち前段(「蔓延性の皮膚病」)は(ただし、その程度によってはもあるかもしれないとする。)、後段は、8号の「下痢患者」は、その余はにそれぞれ該当するものとされている。また、〈書証番号略〉、木村証言によれば、1号の「発熱者」は一般に予期しない疾患の前駆症状である場合が考えられるからであり、「著しい栄養障害者」はワクチン接種が無効になることがあるばかりでなく、何らかの基礎疾病が予想され、病後衰弱者であることも多いこと、種々の感染症を起こしやすく、副反応が生じやすいからであること、2号に規定する慢性疾患者については、伝染病に罹患すると重篤になるものも多いので、むしろ予防接種を受けることが望まれるが、当該疾患が急性期、若しくは憎悪期又は活動期にある者については、予防接種によって原疾患を悪化させるおそれがあるからであること、3号及び4号はいずれも副反応の危険性があるからであること、5号は副反応の危険性とともに痙攣自然発現が混入するおそれがあるからであること、6号は胎児に悪影響を及ぼすおそれがあるからであること、7、8号のうち、種痘についての蔓延性皮膚病疾患者は副反応の危険性があるからであり、その他はワクチン接種が無効になることを避けるためであるとされている。

ウ このような禁忌規定遵守の効果については、専門学者の見解は分かれるところである。

例えば、国の予防接種行政に密接に関与し重要な役割を果たしてきた木村教授は、東京地裁における証人尋問の際、「(予診や問診を徹底させることによって副反応が防止できるということについて)私、全然自信ありません」「禁忌をいくら守っても、そのほかのところから事故が起こって来るということは十分予想されます」と証言している(〈書証番号略〉。同教授は本件訴訟の原審においても証言しているが、もちろん基調は変わらない。)し、木村教授と同様の立場で共に国の予防接種行政に重要な役割を果たしてきた平山教授も、日本小児科学会誌中の臨床座談会「最近の予防接種に対する見解」(〈書証番号略〉)において、「予診をいくら厳重にやっても、ほんとうに何か起こりそうな体質なり既存疾患なりをそんなには探し出せるものではありませんし・・・、たまたま、予診で何か発見してはねた場合に事故が起こらないで済んだという例が何例かはあるだろうという程度が実態だと思います」などと発言しているように、極めて悲観的な見方も存在するのである。

しかし、右両教授の著した「予防接種の手引き」(〈書証番号略〉)その他においては、当然のように、禁忌が重視され、そのために予診に際して留意すべき事項が詳細に列挙され、また、問診票を活用すべきことが説かれているのであり、そもそも、両教授は昭和五一年実施規則の制定のために中心になって尽力したものであるから、両教授の「禁忌」や「予診」に対する基本的な考え方が色濃く反映しているものといってよいところ、そこには、前記のような悲観的な見方は窺い知ることができないのである。

加えて、①国立予防衛生研究所長であった福見秀雄が百日咳ワクチンの改良の過程における研究でした実験によると、非常に細かい問診をした場合と、集団接種で通常やられる程度の問診にとどめた場合とでは、前者の方が副作用の出る率が低いという結果が表れていること(〈書証番号略〉)、②人口動態統計における種痘による死亡者の数が昭和四五年を境に相当減少しているところ、その最大の原因としては予診を厳しくやるようになったことが挙げられるものと厚生省当局においても理解していたこと(〈書証番号略〉によれば、予防接種後の異状を主訴として都立豊島病院に入院する患児の数が昭和四八年以降顕著に減少したことが認められるところ、右は一病院の動向にすぎないから、これを過大に評価することは慎まなければならないが、前記の全国的な傾向に合致する事実であるということはできる。)、③東京都から予防接種業務の委託を受けた渋谷区の医師会では、昭和四四年に予防接種の業務を集中管理し、かつ、予防接種を恒常的に受けられるようにするための施設として予防接種センターを開設したこと、そこでは、予診室と接種室を区分けし、予診を専門に担当する医師と接種を担当する医師を別々に配置し、予防接種の適否につき二重のチェックをする態勢がとられてきたこと、予診室の入口のところには、予防接種を受けるに当たっての注意等を記載した注意書を目につきやすいように掲示し、事前に必ず体温の測定と問診票の記載をしてもらうことにしていること、担当医師達が予防接種の実務を積みながら、それを踏まえた形で「予防接種センター運営委員会」において研究会を継続し、予診等のレベルアップを心掛けていること、その他のスタッフ(看護婦や事務職員等)に対する教育も重視されていること、右のような二重のチェック態勢は、同センターが外部の会場で集団接種を行う場合にも堅持されていること(むしろ、予診担当者対接種担当者を二対一の割合で配置し、前者には同センターの運営委員を務め得るような経験の豊かな医師を配置するというように、予診重視の態勢をとっている。)、処理人員としては、センターでの集団接種の場合には医師二人が一組で、一時間当たり四〇人ないし六〇人程度(問題のある対象者がいない場合)、外部での集団接種の場合には三人一組の医師が一五〇人程度を一時間半程度で処理していること、後者の場合には、一人に当てられる時間がやや短いという問題等があるので、接種をするについて問題のある者はやや広めに振るい落とすようにして、そのような者についてはセンターの方に来てもらって慎重に判断することにしていること、このように予診を厳格に行うという態勢で臨んだ結果、昭和四四年度から昭和五二年度までに約九〇万件の予防接種を実施しながら、重篤な副反応事故が全く発生していないこと(〈書証番号略〉(同センターの開設から運営に至るまで、その中心的な役割を担ってきた村瀬敏郎医師の名古屋地裁における証言調書)、〈書証番号略〉。更に、木村証言及び弁論の全趣旨によれば、その後、昭和五九年五月ころまでに接種数は二〇〇万件に達しているが、やはり事故は皆無であるとされる。)等の諸事実が認められるのであり、これらの予診や問診はまさに禁忌該当者を的確に識別し、これを予防接種対象者から除外することにあるわけである(後記エ参照)から、禁忌規定遵守の効果を考える上において右の諸事実、特に、③のような実績が積み重ねられているということの持つ意義は重いものがある。もっとも、木村証人は、「(同証人自身)問診票もない時代に、種痘で一時間に二〇〇人位やったこともあるし、その他のワクチンでも三〇〇人か四〇〇人の注射をするのに二時間か三時間でやったことがある」「(運良く何も起こらなかったのかもしれないが)それでも事故はなかった」「二〇〇万位やっても、一般でも(事故は)起きてないと思います」などとした上で、「予防接種センター方式の最大のメリットは、その日に都合が悪くても翌日出来る。別のチャンスがいつでもあるということで、無理して受けにいかない。集団接種の場合には、無理に接種してしまうということがあるのかもしれない。その辺の差というものが、集団接種方式とセンター方式の一番大きな違いじゃないか。問診の内容とか何かというのは、そう大きな違いではない」などと述べて、③の事実を余り高く評価していないようにも窺える。また、前記村瀬医師も「現実に私達のやり方で予防接種事故が起きなかったということが、私達のやり方が正しかったんだというふうには――事故防止に対してはオールマイティーだったというふうには思っておりません。結果として、そうだったんだという認識をもっております」「私は運がよかったんだと、こういうことをしていても予防接種は事故が起きるんだというふうに、私は今でも思って、恐れながら予防接種をやっている」と証言している〈書証番号略〉。しかし、木村証人は前記のとおり禁忌規定遵守の効果に対して悲観的な見解に立つ学者であるから、右の評価はやや一面的にすぎるのではないかとの印象を拭い難いし、村瀬医師の右証言部分は、予防接種には予見し難い、したがって不可避的な事故もあるのだという厳しい認識に立った上での多分に自重自戒の表現という色合いが強いものということがてきる。

ただ、〈書証番号略〉によれば、「接種を受けるために同センターを訪れたが、予診のみで終わり、接種されなかった者」の数が相当数にのぼっていることが認められる(ただし、右は昭和四八年以降に限っての数字である。これは、同年に、東京都では都衛生局と医師会との間において、予診も一つの診療行為であるとして、これに対しても診察料を支払うという協定がまとまったため、同年以後は右の数字が把握されているが、それまでは、接種できない者はそのまま帰ってしまうので、統計数字に表れなかったことによるものである(〈書証番号略〉)。)ところ、全国的な規模におけるこの種の統計はない(当審の第二〇回口頭弁論期日における第一審被告の陳述)から、右の数字の持つ意味を必ずしも正確に評価することはできないが、同センターにおける「予診のみで終わり、接種されなかった者」の割合は全国的な趨勢よりも格段に高いのではないかと想像される。それは、同センターでは、接種をすることについて問題があるのではないかと疑われる者についてもやや広めに振るい落とすというような慎重な配慮がなされているからではないかと推測されるのである(外部での集団接種の場合にそのような配慮がなされていることは前記のとおりであるが、それだけではなく、センターで接種する場合においても最終的に判定が困難な場合にはそのような処理がなされているのではないかと思われる。)。これは、前記村瀬医師が、「禁忌を振るい落としていくためには、まず予診を十分にしなければできない」「そのほかにも、禁忌に該当しないけれども、すれすれのところで医師の裁量で、これはやらないほうがいいというふうに思われる健康状態のものもありますから、そこで、まず振るい落とすことは予防接種の健康被害を防ぐための九十何パーセント位を占める」と証言している(〈書証番号略〉)ところからも裏付けられるものということができる。もっとも、同医師は、「渋谷区内に限っていえば、予診で振るい落とされて接種対象から除外される者の割合は比較的少ないのではないか」「医師の判断レベルが高ければ、どうしても取込みは多くなってきますから、予防接種ができないという人の数は少なくなってくる」「うちの(渋谷区予防接種)センターの流れの中では、判断レベルが上がってくればやはり接種可能な者が増えてくる」とも証言しているし、同センターには、他の集団接種の機会に疑義があるとして接種を受けられなかった渋谷区住民以外の者が相当数訪れるというような特殊な状況があることも認められる(以上の点につき、〈書証番号略〉)から、断定することはできないが、もしも渋谷区予防接種センターの判断基準が前記のとおりだとすると、ただ単に予診を厳格に実施し、禁忌を注意深く守ることだけで、脳炎・脳症といった重篤な副反応を含めた副作用全体を著しく減少させることができるものと断ずることができるか否かは、いささか問題なしとしない。

しかし、「これはやらないほうがいいというふうに思われる健康状態の者を医師の裁量で振るい落とす」というのは、昭和五一年実施規則に定められた四条9号の「前各号に掲げる者のほか、予防接種を行うことが不適当な状態にある者」に該当するか否かの判断を慎重に行うということにほかならないともいえるのであるから、この点の判断を慎重にするということに努めるならば、渋谷区予防接種センターのような顕著な実績を上げることも決して不可能なことではないものと解することができる。そして、〈書証番号略〉によれば、集団接種の場合には「禁忌」の判断基準を緩やかにして、少しでも疑わしいものは除くという態度で臨み、これらの者については個別接種の場で慎重に判断するというのが望ましいこと、現行の禁忌規定を守っていれば副反応としての脳炎・脳症等を完全に防ぐということはできないにしても、注意して守っていればかなり防げるというのは、説得力に富む考え方であるものということができる。

エ ところで、このように、禁忌該当者を的確に識別し、これを予防接種の対象者から除外するためには、専門家である医師による予診が適切になされることが必要なことは前記ウのとおりである。また、予診の手段(問診、視診、聴打診等)の中では問診が特に重要であるところ、問診は「医学的な専門知識を欠く一般人に対してされるもので、質問の趣旨が正解されなかったり、的確な応答がされなかったり、素人的な誤った判断が介入して不十分な対応がされたりする危険性をももっているものであるから、予防接種を実施する医師としては、問診をするにあたって、接種対象者又はその保護者に対し、単に概括的、抽象的に接種対象者の接種直前における身体の健康状態についてその異常の有無を質問するだけでは足りず、禁忌者を識別するに足りるだけの具体的質問、すなわち実施規則四条所定の症状、疾病、体質的素因の有無およびそれらを外部的に徴表する諸事由の有無を具体的に、かつ被質問者に的確な応答を可能ならしめるような適切な質問をする必要がある」(最高裁判所昭和五一年九月三〇日第一小法廷判決・民集三〇巻八号八一六頁)ものといわなければならない。そのためには、問診に相応の時間を割く必要があることはもちろんのこと、問診をする医師の側において、予防接種の副反応及び禁忌について十分な情報と知識を獲得していること、更には、接種を受ける国民の側においてもそれについて一定程度の知識等を持ち合わせていることが必要である。

そこで、以下においては、このような観点から、我が国における予防接種の実施体制と運用の実際がいかなるものであったかを、順次項を改めて検証することとする。

オ まず、我が国の予診及び接種の体制等に関する規定について見ると、次のとおりである。

(ア) 昭和三三年の実施規則四条に「接種前には、被接種者について、体温測定、問診、視診、聴打診等の方法によって、健康状態を調べ、当該被接種者が次のいずれかに該当すると認められる場合には、その者に対して予防接種を行ってはならない。」との規定が置かれたことは、前記第二、二、11のとおりである。

(イ) 昭和三四年一月二一日、「予防接種の実施方法について(衛発第三二号各都道府県知事宛厚生省公衆衛生局長通知)」をもって、予防接種の実施に当たっては、右通知で定めた実施要領(以下「旧実施要領」という。)に従って接種を実施するよう指示された。

旧実施要領においては、「第一 共通的事項」として、

「六 実施計画の作成

予防接種実施計画の作成に当たっては、特に個々の予防接種がゆとりをもって行われるような人員の配置に考慮すること。医師に関しては、予診の時間を含めて、医師一人を含む一班が一時間に対象とする人員は、種痘では八〇人程度、種痘以外の予防接種では一〇〇人程度を最大限とすること。」

「七 予防接種の実施に従事する者

1  接種を行う者は、医師に限ること。多人数を対象として予防接種を行う場合には、医師一人を中心とし、これに看護婦、保健婦等の補助者二名以上及び事務従事者若干名を配して班を編成し、それぞれの処理する業務の範囲をあらかじめ明確に定めておくこと。

2  都道府県知事又は市町村長は、予防接種の実施に当たっては、あらかじめ予防接種の実施に従事する者特に医師に対して、実施計画の大要を説明し、予防接種の種類、対象、関係法令等を熟知させること。

(本項につき、以下略)」

「九 予診及び禁忌

1  接種前には必ず予診を行うこと(実施規則第四条)。

2  予診はまず問診及び視診を行い、その結果異常が認められた場合には、体温測定、聴打診等を行うこと。ただし、腸チフスパラチフス混合ワクチン又は百日咳ジフテリア混合ワクチンを用いて行う予防接種の場合には、できる限り体温測定を全員に対して行うこと。

3  予診の結果異常が認められ、かつ、禁忌に該当するかどうかの判断が困難な者に対しては、原則として、当日は予防接種を行わず、必要がある場合は精密検査を受けるよう指示すること。

4  予防接種を受けさせるかどうかを決定するに当たっては、当該予防接種に係る疾病の流行状況、被接種者の年齢、職業等を考慮し、感染の危険性と予防接種による障害の危険性の程度を比較考慮して決定しなければならないが、この判定を個々の医師のみに委ねないで、あらかじめ、都道府県知事又は市町村長において一般的な処理方針を決めておくこと(実施規則第四条ただし書)。

5  禁忌については、予防接種の種類により多少の差異のあることに注意すること。(例えば、インフルエンザ、発しんチフス等の予防接種については、鶏卵に対するアレルギーに特別の注意を払う必要があること。

6  多人数を対象として予診を行う場合には、接種場所に、禁忌に関する注意事項を掲示し、又は印刷物として配付して、接種対象者から健康状態及び既往症等の申出をさせる等の措置をとり禁忌の発見を容易ならしめること。」

「十三 事故発生時の処置

1  予防接種を行う前には、当該予防接種の副反応について周知徹底を図り、被接種者に不必要な恐怖心を起こさせないようにすること(実施規則第五条第九号ロ)。

(中略)

3  予防接種を行う場合には、救急の処置に必要な設備、備品等を用意しておくこと。

(本項につき、以下略)」

が定められた。

(ウ) 昭和三六年五月二二日、旧実施要領の一部改正(衛発第四四四号各都道府県知事宛厚生省公衆衛生局長通知)により、保護者に対し、予防接種の際に母子手帳を持参するような指導することが指示された。

右は、規定上は「接種対象者の確認」に資するためのものとされているが、これによって、予診に当たり、被接種者の健康状態把握の資料とすることが意図されたものと思われる。

(エ) 昭和四五年に種痘による副反応事故が社会問題化したことを受けて、同年六月一八日、「種痘の実施について」(衛発第四三五号各都道府県知事宛厚生省公衆衛生局長通知)が発せられ、応急の措置として、「予診の実施方法」、「禁忌について」、「被接種者及び保護者への通知の徹底」などに関する指示がなされた(特に、「予診の実施に当たって留意すべき事項について、あらかじめ一定の様式による質問票等を準備しておき、被接種者又は保護者に記入させ、これを医師が確認するなどの方法を考慮すること」とされた点が注目される。)。

続いて、同月二九日、「種痘の実施について」(衛発第四六一号各都道府県知事宛厚生省公衆衛生局長通知)をもって、「できる限り被接種者のかかりつけの医師によって種痘を受けられるよう指導すること」を指示するとともに、前記「質問票」制度が確立された。

更に、同年八月五日、「種痘の実施について」(衛発第五六四号各都道府県知事宛厚生省公衆衛生局長通知)が発せられ、「種痘実施の手引き」が添付された。

(オ) 昭和四五年一一月三〇日、「予防接種問診票の活用等について」(衛発第八五〇号各都道府県知事宛厚生省公衆衛生局長・児童家庭局長通知)をもって、種痘以外にも問診票の活用を図るべく、問診票の様式例を設定し、これをあらかじめ配付しておき、各項目について記載の上、これを接種の際必ず持参させることが指示された。

(カ) その後、昭和五一年の法改正に伴って改正された実施規則四条に前記第二、二、11のとおりの規定がおかれ、これを受けて、同年九月一四日、「予防接種の実施について」(衛発第七二六号各都道府県知事宛厚生省公衆衛生局長通知)が発せられ、これにより旧実施要領を廃止し、新たに新実施要領が制定された。新実施要領の「第一 共通的事項」においては次のように定められている。

「6 実施計画の作成

予防接種実施計画の作成に当たっては、地域の医師会と十分協議するものとし、特に個々の予防接種がゆとりをもって行われるような人員の配置に考慮すること。医師に関しては、予診の時間を含めて医師一人を含む一班が一時間に対象とする人員が種痘では八〇人程度、種痘以外の予防接種では一〇〇人程度となることを目安として配置することが望ましいこと。なお、禁忌に該当するかどうかの判定が困難な場合の一般的処理方針等についてもあらかじめ決定しておくことが望ましいこと。」

「9 予診及び禁忌

(1) 接種前に必ず予診を行うものとし、問診については、あらかじめ問診票を配付し、各項目について記載の上、これを接種の際に持参するよう指導すること。

(2) 体温はできるだけ自宅で測定し、問診票に記載するよう指導すること。

(3) 予診の結果異常が認められ、かつ、禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者に対しては、原則として、当日は接種を行わず、必要がある場合は精密検査を受けるよう指示すること。

(4) 禁忌については、予防接種の種類により多少の差異のあることに注意すること。例えば、インフルエンザHAワクチンについては、鶏卵成分に対しアレルギー反応を呈したことのある者に特に注意し、また、百日せきを含むワクチンについては、けいれんの症状を呈したことのある者に特に注意する必要があること。

(5) 多人数を対象として予診を行う場合には、接種場所において禁忌に関する注意事項を掲示し、又は印刷物を配付して、接種対象者から健康状態、既往症等の申出をさせる等の措置をとり禁忌の発見を容易にすること。

カ しかし、〈書証番号略〉によれば、予防接種の禁忌を識別するための予診に際して医師が考慮すべき事項として、

「1 職業・年齢

2  現在の疾病の有無

(1) 急性疾患

(2) 慢性疾患

(3) ステロイド剤、免疫抑制療法など

3  既往歴(特に重要なもの)

(1) 出生時の状態

(2) 神経系疾患

4  アレルギー

(1) 特異的アレルギー

(2) 一般的アレルギー性疾患

(3) 湿疹

5  予防接種歴及びその際の副反応

6  家族歴

(1) 特にアレルギー性家系、遺伝性神経疾患

(2) 家族内の湿疹患者の有無

7  妊娠の有無」

といった多岐に亘る項目が列挙されているほか、「その他予防接種を行うことが不適当な状態にあるもの」ということで、「心身の発達の遅れのある小児」と「免疫不全」とが掲げられている。

また、予防接種における予診には、病気の診察を受けにくる場合とは異なり、接種対象者やその保護者が特段問題意識を持たずに来ることが多く、健康状態等について自発的な申出を期待しにくいということが考えられるほか、従来、予防接種は恒常的に受けられるような体制になっておらず、接種の機会が限られていることが殆どであったため、被接種者の側では、健康状態に多少問題があっても、それを自ら積極的に申し出ず、無理をしてでも予防接種を受けようとする傾向もあったこと(〈書証番号略〉及び木村証言)、乳・幼児が接種対象者である場合、母親等保護者の認識に頼ることになるが、それが必ずしも正確ではない例も多い(〈書証番号略〉によれば、乳・幼児の病気治療を目的として来る母親の場合でさえ同様であるという。)こと、といった問題があることが認められるのであり、このような問題点は、問診票を活用するようになってからも根本的には解消されていないものということができる(〈書証番号略〉木村証言)。

そうすると、前記オのような体制で十分な予診ができるとは到底考えられない。このことは、「予診の時間を含めて医師一人を含む一班が一時間に対象とする人員が、種痘では八〇人程度、種痘以外の予防接種では一〇〇人程度」とされているところ、これでは接種対象者一人につき、種痘でさえ四五秒、その他の予防接種にあっては僅か三六秒しか当てることができないことになるという一事を見ただけでも明白である(〈書証番号略〉)。

キ しかも、我が国における予防接種の実施体制の実情は、前記オで予定された体制にも及ばないものであったといわなければならない。

すなわち、我が国の予防接種は、戦後一貫して、学校又は保健所等に接種対象者を多数集め、実施主体が開業医を臨時に雇用し、或いは地域の医師会に一括委託して、医師会が会員の中から接種を担当する医師を選定して実施するという、いわゆる集団接種の形態が中心となってきたものであり、また、前記オで見た諸規定等からすれば、厚生省の行政施策も集団接種が予防接種の中心であるという認識を前提として立てられていたものということができるところ、これは、集団接種の方が接種率を確保するには好都合であるし、費用も安上がりであること、接種を担当する医師等の人数の少なさや地域的偏在の問題その他の事情によるものと考えられるのであり、一定の合理的な理由とやむを得ない面があったものというべきであるから、そのこと自体を問題視することはできない。

しかし、〈書証番号略〉(昭和三一年から同四三年までの間、名古屋市内の保健所に勤務していた堀場英也医師の名古屋地裁における証言調書)によれば、昭和三一年ないし三四年当時、名古屋市の保健所では、一時間当たり約二〇〇人を目処に予防接種実施計画を立てており、最も多いときには一時間に六〇〇名もの多数に日本脳炎の予防接種をしたことさえあるというような実情であったこと、接種会場としては小学校の教室などが使用されることが多かったが、接種対象児童を保護者が連れてくるほか対象外の子供をも伴ってくることが多いために、会場内は喧騒を極めており、到底落ち着いて予診・問診ができるような雰囲気ではなかったこと、その後、保健所医師の定員の充足率が低下したため、地元医師会の医師に委託して予防接種を実施することになったが、旧実施要領が定められたことを受けて、接種対象人員が一時間当たり一五〇人とされたほかは、基本的には前記の処理状況に変化はなかったことが認められる。そして、右のような集団接種の実態はひとり名古屋市のみではなく、全国共通のものであったことが明らかである。すなわち、〈書証番号略〉によれば、第二八回日本公衆衛生学会総会(昭和四五年)において、「予防接種の現状と課題」と題するシンポジウムが開催され、予防接種の実施現場の実態が赤裸々に明るみに出され、かつ、問題点について真剣な意見交換がなされているところ、これを要するに、「(各市町村においては)まだ予防接種実施規則、実施要領通りには行えない、当面はそれ通りに行うように努力するのが精一杯」というのが実情であったことが認められるのである。このことは、昭和四五年一〇月一七日発行の日本医事新報(〈書証番号略〉)において、或る医師が「当市における予防接種の時間は午後二時から四時までの二時間である。その間に二人の医師が約一〇〇〇人内外の人に接種しなければならない。(中略)即ち、一五秒間に一人宛行わねばならない。これでは、十分な問診や予診を行える筈がないのである。」と訴えていることなどによっても裏付けられるところである。

そして、このような実態が昭和四五年以降において画期的な改革を見たということを認めるに足りる証拠はない。もっとも、〈書証番号略〉(昭和二三年から昭和五九年三月まで小樽保健所(旧「小樽市保健所」)に勤務した保健婦である黒田綾子の札幌高裁における証言調書)及び〈書証番号略〉(同保健所講堂での集団接種の模様を撮影した写真(昭和四五年五月一八日撮影)及び同会場の見取図)によれば、同保健所では医師一人に保健婦が三名、受付事務を担当する係員が三ないし四名で一班を構成して集団接種を実施していたこと、会場入口に、「熱のある子、風気味等で具合の悪い子、病気がなおったばかりの子、ひきつけを起こしやすい子、アレルギー体質の子」は予防接種の前に係員に相談するようにとの「ご注意」が掲示され、会場内には、「禁忌」事項等を記載した「予防接種のお知らせ」が被接種者らが待機する場所の壁面に、同様の「お願い」が接種を担当する医師の後の壁面に掲示されていたこと、受付、消毒係の保健婦、医師と三段階にわたって右注意書きに記載された事情の有無等を確認する態勢をとっていたことが認められるけれども、右の「予防接種のお知らせ」は、各種予防接種の実施時期等と併せて、「禁忌」事項を実施規則の規定のとおりに記載したものであって、分かりやすさという点で問題があり、また、「お願い」は医師の後側の壁面に掲示されているものであるから、乳・幼児を抱いて接種を受けようとしている保護者にこれを読むことを期待するのはいささか無理がある上、医師の問診も多くは「変わりありませんね」という発問をするだけであったことが認められるなど、これだけで十分な予診が保障されていたということはできない。しかも、昭和四五年以降は右小樽保健所のような態勢で全国的にも集団接種が実施されていたということさえ認めることができない。むしろ、前記オで見たとおり、旧実施要領においては「予診の時間を含めて、医師一人を含む一班が一時間に対象とする人員は、種痘では八〇人程度、種痘以外の予防接種では一〇〇人程度を最大限とすること」と規定されていたのに、新実施要領では「予診の時間を含めて医師一人を含む一班が一時間に対象とする人員が種痘では八〇人程度、種痘以外の予防接種では一〇〇人程度となることを目安として配置することが望ましい」とされたのであって、現状の改善を図るのではなく、却って規定の方を実情に歩み寄らせた恰好になっていることからすれば、既に見た昭和四五年ころの実情に根本的な変化はなかったものと認めるのが相当であり、他に右の状況が改善されたことを示す証拠はない。

ク また、厚生省当局は、予防接種による副反応事故の発生状況については、予防接種の実施主体からの個別的な報告や人口動態統計等によってある程度把握していたものであるが、国として積極的にこれについての調査をしたことはなかった(〈書証番号略〉)。そればかりか、右のように把握している事故事例についても、長らく(昭和四二年ころまで)これを公表しないという方針をとっていた。これは、厚生省当局が、予防接種の普及や接種率の向上ということに主たる関心がいき、予防接種事故の存在を公開することはその妨げになると考えたからであろうことが窺われる(〈書証番号略〉)。

そして、このような厚生省当局の姿勢が反映して、現実に接種を担当する一般の開業医等は予防接種の副反応や禁忌の重要性について認識を深める機会に恵まれず、また、医師会においても特段指導をしなかった(〈書証番号略〉)ため、これらの点についての医師達の認識は決して十分なものではなかったものといわなければならない(厚生省当局が関与して、これらの点について積極的な啓発・啓蒙がなされるようになったのは、種痘禍が社会問題化した昭和四五年以降になってからのことである。)。まして、一般国民の間の認識が不十分なものであったことは多言を要しない。

ケ 以上、オないしクまで検討してきたところを総合すると、我が国における予防接種の実施体制は数々の重大な問題点を孕んでいたものといわざるを得ない。それは、集団接種に際して十分な予診を尽くして禁忌該当者を的確に識別し、これを接種対象から除外するという点において、特に深刻であったものといわなければならない。

コ ところで、予防接種がそもそも一定の危険性を伴うものである(前記ア)にもかかわらず、これが法をもって国民に義務付けられているのは、主として、一定割合以上の住民が予防接種を受けていれば、それが伝染病の発生及び蔓延の防止にとって大きな効果があるという、社会防衛の見地に由来するものであるということができる(もちろん、接種を受けた個人にとっても、当該伝染病に罹患することから免れることができるという利点はあるが、法が予定している強制接種制度は右のような社会防衛という公益を重視したものとみるべきである。)。

しかし、法は、右のような社会防衛の見地から国民に予防接種を義務付けているとはいえ、接種を受ける個々の国民に、生命にもかかわるような重篤な副反応が生じることを受忍することまでを強制することができないのは当然である(ただし、そのような重篤な副反応が生じる危険性については受忍することを義務付けているものといわざるを得ない。なお、ここでは、軽度の発熱、発赤、発疹といった程度の副作用は論じないこととする。)。

したがって、稀にではあれ、このような重篤な副反応が生じる危険がある以上は、予防接種を国民に強制する国としては、接種を受ける個々の国民との関係において、可能な限り、右のような副反応事故が生じないように努めるべき法的義務があるものといわなければならない。

そして、旧法一五条は「この法律で定めるものの外、予防接種の実施方法に関して必要な事項は、省令で定める。」とし、法一四条も「この章(「第二章 予防接種の実施」)に規定するもののほか、予防接種の実施に関して必要な事項は、厚生省令で定める。」としているところ、右の事項の中には、禁忌の設定に関する事項、予診に関する事項、これらの周知徹底に関する事項等、およそ予防接種による事故の発生を防止するために必要な事項は全て含まれているというべきであり、このような省令を定め、それを施行する直接の責任者は、厚生省の業務を統括する厚生大臣であるから、予防接種法は、厚生大臣に、予防接種の実施の細目を定め、或いは予防接種を国の施策として実施する際に、前記のような重大な事故が生じないようにするための必要な措置をとるべき法的義務を課しているものというべきである。

このような見地から、前記オないしクで見た我が国における予防接種体制の問題点を検討すると、厚生大臣は右義務を怠ったものと結論するほかはない。このことは、前記ケのとおり、特に集団接種における場面で顕著であるが、個別接種(旧法六条の二のそれを含む。)においても、厚生大臣としては、予防接種の副反応、禁忌事項及び予診の重要性等について、当該個別接種を実施する一般の医師及びこれを受ける国民に周知徹底させ、予防接種事故の発生を未熟に防止すべき義務があったのに、これを怠ったものといわざるを得ない。

(3) そこで、厚生大臣に右のような過失があったことを前提にして、以下、本件被害児に対する予防接種について具体的に検討する。

ア 第一審原告らは、前記(1)のとおり、最高裁平成三年四月一九日第二小法廷判決を踏まえて、本件被接種児全員が禁忌者であったという主張をするに至っているので、まず、この点について検討を加える。

なお、同判決は直接的には種痘の事案についてのものであり、かつ、昭和四五年改正前の昭和三三年実施規則所定の禁忌者について判示したものであるが、右主張は、同判決の判示するところは、種痘以外の予防接種についても、また、実施規則の改正の前後を問わずに、同様に当てはまるものであるとする見解を前提にしていることが明らかである。

(ア) 第一審被告は、右の判示についてはいくつかの疑問がある旨主張する(〈書証番号略〉によれば、国立予防衛生研究所の所員、更には所長として、長く国の予防接種行政に関与してきた専門家である大谷明医師においても、ほぼ同趣旨の疑問を提起していることが認められる。)。

なるほど、予防接種から生ずることのある副反応事故を防止することを目的として、経験的に、重篤な副反応の発生する蓋然性が高いと考えられる被接種者側の特定の事情(身体的状態)が「禁忌」とされたことは前記(2)、イのとおりであるが、そこでも見たとおり、禁忌として掲げられている事項は直ちに副反応の危険性に直結するものばかりではない上、禁忌に関する規定自体がかなり変遷していることが分かる。しかも、予防接種による副反応の機序については未だ医学的・科学的に解明されたとはいえず(前記一、1参照)、したがって、各禁忌事由が副反応の発生にどのように関わるのか(禁忌と副反応の関係)、また、それ以外の原因としてどのようなものがあるのか――個人的素因を含めて――等について、現状においては、未だ確たることは殆ど明らかにされてはいないものと解されるのである。

そして、予防接種を受けた者のうち極めて少数の者だけが例外的に重篤な副反応を呈するということ、しかも、前記(2)で見たとおり、禁忌該当者の全てを識別し、これを除外することなど到底期待し得ないような不十分な予診しかなされていなかった(特に、集団接種においてはそうである。)ことや、禁忌について「絶対にやってはならないというものではない。事実、禁忌の一番最後の条項(昭和五一年の実施規則四条9号)に当てはまる人でも、実際に予防接種をしなければ罹るかもしれない病気の重篤さを比較して、医者が、そちらの方が危険が多いと判断した場合には、医者の判断にしたがって接種できることになっている。例えば、呼吸器疾患とか、慢性疾患に罹っている人は、むしろ実際の病気に罹って、非常に重篤な状態になるおそれが、正常な人より強いわけですから、こういう人にこそ予防接種をすべきである、という医者もたくさんいる」(〈書証番号略〉。福見秀雄著「予防接種」(〈書証番号略〉)の一九三頁や及び木村証言中においても右のような見解があることが指摘されている。更に、〈書証番号略〉(平山教授の証言調書)では、むしろ右のような見解が支配的でさえあるとされている。)ことなどからすれば、実際には、相当多くの禁忌該当者にも接種がなされていたのではないかと思われるのに、現に副反応が生じたのはそのうちの極く一部についてだけであるものと推認されることに照らせば、禁忌事由に該当するということを決定的な要因として常に重要視することについても、また、「ある個人が禁忌者に該当する可能性は右の個人的素因を有する可能性よりもはるかに大きい」とすることに対しても、一定の疑問を残す余地がないではない。

もっとも、昭和五一年の実施規則においては、四条9号として「前各号に掲げる者のほか、予防接種を行うことが不適当な状態にある者」という包括的な規定がおかれたから、重篤な副反応を生じた場合には、当該被接種者は少なくとも同号には該当していたものとされることも考えられる。しかし、それより前の予防接種については必ずしもこれと同一に論ずることはできず、そして、本件の被害児は、山科美佐江を除く全員が昭和五一年の実施規則制定前の予防接種により被害を受けた者ばかりなのである。

(イ) しかしながら、禁忌を注意深く守り、更に、昭和五一年の実施規則四条9号と同様の趣旨を体して慎重に判断することにより、脳炎・脳症といった重篤な副反応を含めた副作用全体を著しく減少させることができるものと考えられることは前記(2)、ウのとおりである。

特に、この点に関連して、渋谷区予防接種センターが積み重ねてきた実績(前記(2)、ウ、③)は重要な意味を持つ。これは、同センターのように十分な予診を行うことによって禁忌該当者を的確に識別し、これに対する接種を回避することにすれば、重篤な副反応事故の発生を防ぐことができることを実証しているとも見得るのであり、しかも、右の実績は昭和五一年の実施規則制定前からのものであって、そうであれば、第一審原告ら主張の推定をはたらかせることについても正当な理由があるものということができる。

もっとも、同センターでは、接種をすることについて問題があるのではないかと疑われる者についてもやや広めに振るい落とすというような慎重な配慮がなされているのではないかと推測されることも既に見たところである。そうだとすると、右の推定則をはたらかせることに対する疑問がなお完全に解消されたとまでは必ずしもいえないが、これまで見たところからすれば、右の推定をはたらかせることには一応合理的な理由があるものということができ、また、それは、予防接種の種類や実施規則の改正の前後を問わず当てはまるものと考えられる。

イ 第一審被告は、右推定則が認められるとしても、前記最高裁判決によれば、①禁忌者を識別するために必要とされる予診が尽くされたが、禁忌者に該当すると認められる事由を発見することができなかったこと、②被接種者が後遺障害を発生しやすい個人的素因を有していたことという特段の事情が認められるときは、右推定は覆されるとした上で、本件被害児全員につき右①の事情が認められ、また、矢冨亜希子には痙攣素因、山科美佐江には悪性リンパ腫、第一審原告山村誠には出生の際に生じた脳障害があり、これらが②の個人的素因に該当するものである旨主張する。

右主張が前提とするところは、前記最高裁判決の判示にもあるとおりであるから、これを是認することができる。

(ア) そこで、まず①について見るに、第一審被告は、本件被害児に対する接種は、いずれも医師が直接に各児童の身体状況等を観察(視診)し、或いは、触診や聴診をし、また、問診票に異常と認められる記載はないかなどを検討した上でなされたものであるから、十分な予診が尽くされたものであると主張するけれども、右は、矢冨亜希子及び第一審原告山村誠につき、後記オの(イ)のようなやや具体的な主張があるほかは、いずれも一般的な主張の域を出ないものであり、いわば、いやしくも医師が予診をしている以上は十分な予診であったというに等しいものであって、到底これを採用することはできない。

また、右両名についても、十分な予診が尽くされたとはいえないことは、後記オの(イ)のとおりである。

(イ) 次に、②について判断するに、そもそも亜希子の痙攣素因なるものを認めることができないことは前記一、2のとおりであり、美佐江の悪性リンパ腫及び誠の脳障害にしても、両名とも、以前に各種の予防接種を受けているのに重篤な副反応が発現したようなことは一度もなかったのであるから、右のような負因があったことをもって両名が禁忌該当者であるとの推定を覆すことはできない。

(ウ) そうすると、本件被接種児は全て禁忌者であったものとの推定は未だ覆らないものというべきである。

ウ 第一審原告らは、右のように被接種児が禁忌者と推定されることにより、更には接種担当者の過失も推定される旨主張する。

しかし、前記最高裁判決においても、また、最高裁昭和五一年九月三〇日第一小法廷判決においても、「禁忌該当者を識別するために必要とされる予診が尽くされていなければ、過失がある」ということが前提とされているのは明らかであるから、あくまで当該被接種者毎に十分な予診が尽くされているか否かを個別具体的に吟味しなければならないものというべきである。

その場合に、「禁忌該当者であることが推定される」ということと、「接種を担当した医師が、十分な予診を怠り、当該被接種者が禁忌該当者であることの識別を誤った過失がある」ということとは、当然のことながら別個の問題であるから、前者の推定がはたらくからといって、後者(接種担当者の過失)まで推定されるわけではない。すなわち、単に、当該被接種者が禁忌者であることが推定されるというだけで、直ちに国の責任を認めることにはならないのである。

この点に関する第一審原告らの主張は採用することができない。

エ 他方、第一審被告は、仮に、厚生大臣に前記(2)のような過失があったとしても、接種担当者が十分な予診を実施していれば、厚生大臣の右義務違反と結果との間に因果関係はない(したがって、国の責任はない)旨主張している。

当裁判所も、予防接種により被害を受けた当該被接種者が禁忌該当者と推定され、また、厚生大臣に前記(2)の過失があったということだけでは、直ちに国の責任を認めることはできないものと考える。何故なら、厚生大臣の右過失は、あくまで「予防接種を実施したこと」自体ではない(したがって、そのような不十分な態勢のもとにおいてはそもそも予防接種を実施すべきではなかったとまではいえない。)から、「当該予防接種と副反応事故との間に因果関係がある」ことと、「厚生大臣に前記(2)のような過失がある」ことだけでは国の責任を認めることはできないのである。これが認められるためには、前記ウのとおり、接種を担当した医師に「十分な予診を怠った結果、当該被接種者が禁忌該当者であることの識別を誤った」という具体的な過失があることが必要であり、前記(2)の厚生大臣の過失は、右のような接種担当者の過失をもたらしたものであるという関係が認められるときにはじめて国の責任を肯定する原因となりうるものである。

第一審被告の右主張は、この点をいうものであり、理由がある。

オ 前記エでみたところによれば、国の責任の有無は、「厚生大臣が禁忌を識別するための十分な措置をとり、その結果、接種担当者が禁忌識別を誤らず、禁忌該当者をすべて接種対象者から除外していたとすれば、本件副反応事故の発生を回避することができたものである」ということができるか否かを、個別具体的に検証することによってはじめて明らかになるものと考えられる。

この関係を更に敷衍すれば、①「厚生大臣が禁忌を識別するための十分な措置をとっていれば、接種担当者が禁忌識別をするための十分な予診をしたのに、厚生大臣に前記(2)のような過失があったために、接種担当者が十分な予診を怠った」ことと、②「接種担当者が十分な予診を怠らなければ、当該被接種者が禁忌該当者であることの識別を誤ることはなく、したがって、これを接種対象者から除外していたのに、接種担当者が十分な予診を怠ったために、禁忌該当の識別を誤り、禁忌該当者に接種してしまった」ことという二つの要件が認められなければならない。

(ア) そこで、この点につき、更に検討を加えることとするが、前記渋谷区予防接種センターの実績は②を肯定する方向に作用するものということができる。すなわち、同センターのような予診態勢を以て予防接種に臨むならば、禁忌該当者の識別をより的確に行うことが可能になり、また、禁忌該当者であることが判明した以上は、安易に予防接種を実施することなく、更に、当該予防接種にかかる疾病の流行状況その他を判断して、その者が右疾病に感染するおそれの程度及び予防接種を実施した場合に発見することのあり得る副反応の程度等について慎重に比較検討した上で、接種すべきか否かを決定すべきものであり、そうすることによって、重大な副反応事故を相当程度確実に防止することができるものといわなければならない。

(イ) また、①についても、厚生大臣に前記(2)のような過失があった以上、個々の接種現場において十分な予診が尽くされるということはまず期待し難いところであるから、特段の事情のない限りは、厚生大臣に前記(2)のような組織上の過失があることによって、接種現場の予診についても不十分であったことが推定されるものというべきである。そして、右特段の事情は、第一審被告の側で、個別具体的に主張・立証すべきものであるところ、矢冨亜希子及び第一審原告山村誠の関係を除く本件被害児についての第一審被告のこの点に関する主張は、いやしくも医師が予診をしている以上は十分な予診であったというに等しいものであって、到底これを採用することができないことは、既に前記イの(ア)で見たところである。

なお、第一審被告は、後記カのとおり、矢冨亜希子につき、亜希子の額に手を当てたのは医師であるものと考えられるとした上で、医師が触診までしていることをもって、また、第一審原告山村誠についても、梅野医師が視診をし聴診までしているとして、いずれも十分な予診を尽くしたものである旨主張するが、右の程度の予診では到底十分であるとはいえない。

カ そればかりか、矢冨亜希子、山科美佐江、第一審原告坂井和也、同山村誠の四名については、接種時の事情として以下のような事実が認められるから、これら四名の者については、右の事情からしても禁忌該当者であると判断するための具体的な兆候が出現していたものというべきであるから、接種担当者としては、詳細な予診による慎重な判断をするべく、場合によっては、少なくとも当日の接種を見合わせるべきであったのに、これを怠り、安易に各予防接種をしたことに過失があるものといわなければならない。

(ア) 矢冨亜希子は、二、三日前から風邪を引いて医師の治療を受けていた(前記第二、二、2、(三))。そして、〈書証番号略〉、第一審原告矢冨富士子(原審及び当審)によれば、富士子は、接種当日、右の事実を白衣を着た保健所の女性に告げたところ、同じく白衣を着た男性を呼んできて、同人が亜希子の額に手を当てていたが、「いいでしょう。」といって接種を受けるように指示したことが認められる。

(イ) 山科美佐江は、本件予防接種当時風邪を引いて医師の治療を受けていた(同3、(五))。そして、〈書証番号略〉、第一審原告山科ミヨ子(原審及び当審)によれば、ミヨ子は、美佐江が学校から貰ってきた問診票の「今病気でお医者さんにかかっていますか」「最近何か病気でお医者さんにかかったことがありますか」との項目の各回答欄の「ある」という部分を丸印で囲み、各病名を「かぜ」とし、後者の項目には「一一月一四日頃から」との記載をしたことが認められる。

(ウ) 第一審原告坂井和也は、本件予防接種を受けた大山医院で、接種前の昭和三九年三月一日から、咽頭発赤等により治療を受けていた(同4、(四))。

(エ) 同山村誠は、出生時に軽い新生児痙攣があり(同7、(一))、その後の発育もやや遅れ気味であったこと(同(二))に加えて、〈書証番号略〉第一審原告山村照子(原審及び当審)によれば、何回か湿疹ができ、本件予防接種当日も臀部に湿疹ができていて、アレルギー体質の可能性があったこと、しかも、これらの事項が全て問診票に記載されていたこと、然るに、接種担当医師(梅野医師)は、問診をすることもなく、誠の口腔内を簡単に見て、聴診器を軽く当てただけで本件予防接種をすべきことを看護婦に指示したことが認められる。

キ また、第一審原告吉田達哉は、「アレルギー体質の者」又は「予防接種を行うことが不適当な状態にある者」に該当した可能性があるから、禁忌につき慎重な判断が必要な者であったのに、接種担当者は全く予診を行わなかった(以上については、第一審原告吉田惠子(原審)によって認められる。)のであるから、この点において過失があることは明らかである。

ク ところで、第一審原告前田安人らは、前田五実につき、「五実は本件ジフテリア予防接種当時一二歳であり、モロニー試験を受けていれば強陽性との判定がなされ、接種を受けずに済んでいたのに、国はジフテリア予防接種において右試験の強陽性者を禁忌とすることを怠り、同試験を実施することなく、右予防接種をした」旨主張するが、右主張自体からも明らかなように、ジフテリア予防接種においてモロニー試験の強陽性者が禁忌該当者とされていたわけではなく、また、同予防接種において同試験を実施することが義務付けられていたわけでもないから、接種担当者において、五実が右の点において禁忌者に該当するものと判断すべきであったとはいえない。また、第一審原告新須玲子については、そもそも、具体的にどの禁忌事由に該当するというのか明らかでない。

しかしながら、右両名についても禁忌該当であることの推定を受けることは前記アのとおりであるから、禁忌事由(昭和三三年の実施規則第四条に規定されているものをいう。)のいずれかに該当する者であることは推定されるわけである。もっとも、右両名については、いずれも予防接種を受けるまでは健康であり、発育・成長上も特段の問題はなかった(前記第二、二、1及び5参照)のであるから、果たして、接種時に十分な予診を尽くしていれば禁忌該当者であることを識別することができたか否かは全く疑問がないわけではないが、前記オの(ア)で見たところによれば、禁忌を的確に識別するための十分な予診を尽くしていれば、右両名についても、いずれかの禁忌事由に該当する者であることが判明し、又は、当日接種することが回避されていた可能性が大きいものということができるところ、全証拠によるも、両名について十分な予診が尽くされたという特段の事情は認め得ないから、前記のとおり、厚生大臣に組織上の過失があることによって、右両名に対する接種担当者の予診についても不十分であったことが推定されるものというべきである。

ケ  以上によれば、結局、本件被接種者のうち、第一審原告坂井和也及び同山村誠を除くその余の者は、前記(2)のような厚生大臣の過失により、そもそも接種担当者において十分な予診・問診をする態勢になく、また、その必要性についても十分な認識が徹底されていなかった接種担当者により集団接種を受けたものである。そのために、接種担当者において、いずれも十分な予診を尽くさず、これらの者が禁忌該当者であることの識別を誤って、漫然と予防接種を実施したことにより、各被接種者が死亡し、或いは重篤な後遺障害が生じたものといわなければならない。

また、第一審原告坂井和也及び同山村誠については、国が予防接種を担当する一般の医師らに対して、予防接種の禁忌や副反応について周知徹底させることを怠ったために、大山医師或いは梅野医師において、右の点に関する十分な知識もないまま、前記の状態にある和也及び前記の状態にある誠に接種したものである(なお、誠については、梅野医師の予診自体も不十分であった。)。

そうすると、第一審原告らが主張するその余の個別的な過失についての主張については判断するまでもなく、第一審被告としては、本件被接種者全員につき、その損害を賠償すべき責任があるものというべきである。

三以上により、第一審被告には国賠法上の損害賠償責任があることが明らかであるから、その余の責任原因(安全配慮義務違反或いは不法行為に基づく損害賠償責任、損失補償責任)については、いずれも判断する必要がない。

四第一審原告らの損害について

1  第一審原告らは、本件損害賠償請求を包括一律請求の一部請求として構成している(主位的な主張)。

当裁判所も、いわゆる公害訴訟その他のように、或る原因により、ほぼ同種・同等の被害が大量的に発生し、したがって、原告数も極めて多数にのぼるというような場合においては、包括一律請求が認められる余地のあることを否定するものではないが、本件においては、被害児数は七名にすぎないのに、その接種の時期は昭和三九年三月から昭和五二年一一月までの長期間にわたって散在しており、接種ワクチンもジフテリア、種痘、インフルエンザ、二混、三混、ポリオ生ワクチンの五種類に及び、各被害児に生じた副反応の態様や結果など被害の程度・内容も種々様々である上、いわゆる認定患者と非認定患者が混在するなどの事情もあるから、包括して一律に損害額を算定するのは相当ではない。

2  そこで、以下、第一審原告らの損害を個別に算定することとするが、その際の当裁判所の基本的な考え方は次のとおりである。

(一) 前記1のとおり、本件においては被害児も七名にすぎず、しかもその被害の程度・内容も様々であるから、敢えてランク分けをする必要はないし、また、すべきでもないと考える。

(二) 逸失利益については、各被害児(但し、山科美佐江を除く。)がいずれも一八歳から六七歳までの四九年間就労可能であるものとした上で、その間を、概ね、①一八歳及び一九歳時、②二〇歳から二四歳までの五年間、③二五歳から二九歳までの五年間、④三〇歳から三四歳までの五年間、⑤三五歳以降に区分し、また、男女の区別により、当裁判所に顕著な右各期間毎の初年度の賃金センサスの第一巻第一表「産業計、企業規模計、学歴計の年齢階級別男女別労働者平均賃金」中の、男子労働者又は女子労働者の得る「現金給与額」及び「年間賞与その他特別給与額」の合計額を下回ることのない収入を得ていたであろうことを前提として算出することとする(ただし、平成四年以降の分については平成三年度の賃金センサスによるものとし、また、⑤については一律に男女の別による全労働者平均賃金によるものとする。)。

そうすると、賃金に相当の男女格差が存在することをそのまま前提にすることとなるので、その点をも考慮して、死亡被害者の場合に控除すべき生活費割合は、男子が五割、女子が三割として計算する。

(三) 介護ないし介助費用については、その内容ばかりでなく、時期によっても基準額に一定の差を設けることにする。

(四) 慰謝料の算定に当たっては、本件に表れた一切の事情を考慮するのは当然であるが、いわゆる認定患者であるか否かをも考慮すべきであり(非認定患者の苦しみや悲痛は認定患者のそれよりも一層大きいものと考えられるからである。)、また、死亡被害者については最大の被害を被ったものであるが、その死亡の時期によって一定の差を設けるのもやむを得ないものと考える。

(五) 第一審被告は、本件各予防接種事故が生じたのは、各児童に損害の発生ないしは拡大に寄与した身体的素因ないし基礎的疾患があったからであるとして、この点を損害額の算定に際して考慮すべきである旨主張する。

なるほど、本件各被害児らはいずれも禁忌該当者と推定されるのである(前記二、2、(二)、(3)参照)から、予防接種による副反応を生じやすい何らかの身体的な問題点を有する者であったことは認めなければならない。

しかし、そのような各自の身体的な問題点があるからといっても、予防接種を受けることがなければ死亡したり或いは重大な後遺障害を残すようなことはなかったのであり、そもそも、禁忌を的確に識別して、禁忌該当者に対しては接種対象者から除外することは第一審被告の責任に属することなのであるから、単に何らかの禁忌該当事由があるというだけで損害額を減額するべきではなく、仮に、予防接種を受けていなくても、いずれは右のような結果が生じたであろうということができる程の素因ないしは基礎的疾患を有している場合についてのみこれを考慮すべきものと考える。

(六) なお、得べかりし利益等の現価計算はライプニッツ方式によることとし、その計算過程で生じた小数点以下(円未満)はすべて切り捨てるものとする。

3  前田五実

(一) 五実は本件ジフテリア予防接種時一二歳であり、接種直後から異状が発現し、多発性硬化症により二年余に亘り入退院を繰り返すなどした末に、一四歳で死亡したものである。

(二) 逸失利益

五実は、本件予防接種事故に遇うことがなければ、一八歳になった昭和五五年六月の翌昭和五六年四月から六七歳まで就労可能であり、その間、①昭和五六年及び同五七年(一八歳、一九歳)には年間一三七万九八〇〇円、②昭和五八年から昭和六二年(二〇歳から二四歳)までは年間一九七万二八〇〇円、③昭和六三年から平成四年(二五歳から二九歳)までは年間二六九万一六〇〇円、④平成五年(三〇歳)以降は年間二九六万〇三〇〇円(平成三年度の賃金センサスによれば、女子労働者の場合、三〇歳から三四歳までの間がむしろ殆どピークにあるといってもよい状態にあることが認められるので、ここでは女子の全年齢平均給与額によった。)をそれぞれ下回らない収入を得ていたものと認められる。

そこで、生活費割合を三割として、ライプニッツ方式により中間利息を控除して、得べかりし利益の現価を計算すると、次のとおり合計二七二六万二六八〇円となる。

① 137万9800円×0.7×(4.3294―3.5459)=75万6751円

② 197万2800円×0.7×(7.7217―4.3294)=468万4630円

③ 269万1600円×0.7×(10.3796―7.7217)=500万7802円

④ 296万0300円×0.7×(18.4934―10.3796)=1681万3497円

(三) 介護費

五実の発症後死亡するまでの二年余の間、その介護には主として第一審原告前田喜代子が従事したことが認められるが、それには並々ならぬ苦労があったものと推察される。そして、五実においてはその介護費用相当額の損害をも被ったものということができるところ、その額は右介護の時期をも考慮すると年間九〇万円と認めるのが相当であるから、合計一八〇万円となる。

(四) 慰謝料

五実は、前記(一)のとおり、本件ジフテリア予防接種により最悪の被害を被ったものであり、しかも、これが予防接種による被害であることが認定されないまま今日に至っているのである。

右の事実並びにその接種時期及び死亡時期等を総合考慮すると、その慰謝料額は一五〇〇万円とするのが相当である。

(五) 損害額合計 四四〇六万二六八〇円

4  矢冨亜希子

(一) 亜希子は、予防接種時零歳であり、接種後間もなく異状が発現し、五年余の闘病生活の後、五歳で死亡したものである。

(二) 逸失利益

亜希子は本件予防接種事故に遇うことがなければ、一八歳になった昭和五八年七月の翌昭和五九年四月から六七歳まで就労可能であり、その間、①昭和五九年及び同六〇年(一八歳、一九歳)には年間一五二万五六〇〇円、②昭和六一年から平成二年(二〇歳から二四歳)までは年間二一四万三九〇〇円、③平成三年(二五歳)以降は、年間二九六万〇三〇〇円(前記3、(二)の④とほぼ同様の理由により、女子の全年齢平均給与額によった。)をそれぞれ下回らない収入を得ていたものと認められる。

そこで、生活費割合を三割として、ライプニッツ方式により中間利息を控除して、得べかりし利益の現価を計算すると、次のとおり合計一八二〇万九四四二円となる。

① 152万5600円×0.7×(9.8986―9.3935)=53万9406円

② 214万3900円×0.7×(12.0853―9.8986)=328万1646円

③ 296万0300円×0.7×(19.0288―12.0853)=1438万8390円

(三) 介護費

亜希子は死亡するまでの五年余の間、重篤な状態が続き、入退院を繰り返していたものであり、その間の介護には主として第一審原告矢冨富士子が従事したことが認められるが、その労苦は大変なものがあったと推察される。そして、亜希子においてはその介護費用相当額の損害をも被ったものということができるところ、その額は右介護の時期をも考慮すると年間七二万円(月額六万円)と認めるのが相当であるから、合計三六〇万円となる。

(四) 慰謝料

亜希子は、前記(一)のとおり、五年間に亘って苦しんだ末、ついに死亡するという最悪の被害を被ったものであり、しかも、右被害が予防接種によるものであることが認定されないまま今日に至っているのである。

右の諸事情並びにその接種時期及び死亡時期等を総合考慮すると、その慰謝料額は一五〇〇万円とするのが相当である。

(五) 損害額合計 三六八〇万九四四二円

5  山科美佐江

(一) 美佐江は本件インフルエンザ予防接種の当夜急死したものであり、当時八歳であった。

(二) 逸失利益

美佐江には胸腺に悪性リンパ腫があったものであり、その程度も決して軽いものではなかったことが認められるから、美佐江の逸失利益の算定等に当たり、通常人の平均余命をそのまま計算の基礎とすることはできない(したがって、原判決がこの点を考慮した形跡がないのは疑問としなければならない。)が、それでは、美佐江の余命を何年と見るべきかというのは難しい問題である。

〈書証番号略〉には「悪性リンパ腫であり、臨床的には急性リンパ性白血病に相当するという。予後は悪く、このまま経過すれば六か月ないし一年位で死の転帰をとる可能性があるらしい」とあるが、同時に、「周囲から重症とは気付かれない程度の生活をしていた中で、突然死するほどに病状そのものが進行していたとは考え難い」(〈書証番号略〉)のであるから、これを裏付ける佐々木証言等と併せ考えれば、直ちに右のとおり断定することはできない。他方、植田証言中には、「(悪性リンパ腫は)かつては半年とか一年とか数年の間にみんな亡くなっておられた病気なんですが、最近はかなり白血病、悪性疾患の治療が進んでまいりまして強力な抗白血病薬、抗癌剤といったような治療をやっていきますと、かなり延命することが可能になったし、あるものは治すこともできるようになったという時代に現在は入っております」とあるけれども、美佐江の死亡が昭和五二年であることを考えると、美佐江が果たして右のような医学の進歩を享受することができたか否かについて確実なことはいえないものというほかはない。

そうすると、美佐江の場合には、その余命を確度の高い蓋然性をもって割り出すことができず、したがって、その逸失利益を正確に計算することもできないから、逸失利益を認めることは断念するほかはなく、せいぜい慰謝料算定の場面でこの事情を考慮することにとどめざるを得ない。

(三) 慰謝料

ここでも、美佐江が悪性リンパ腫という基礎疾患を有していたことを考慮しないわけにはいかないが、ただ、右(二)のとおり、逸失利益を全く認めなかったことは慰謝料額を算定する際に十分考慮しなければならない事情である。右の諸事情及び美佐江の死亡した時期等をも総合考慮すると、その慰謝料としては一三〇〇万円とするのが相当である。

6  第一審原告坂井和也

(一) 和也は零歳時に本件予防接種事故に遇ったものであり、その後現在に至るまでの和也の状況は前記第二、二、4の(五)ないし(七)のとおりである。

(二) 逸失利益

和也は、本件予防接種事故に遇うことがなければ、無事成長し、一八歳になった昭和五六年一〇月の翌昭和五七年四月から六七歳まで就労可能であり、その間、①昭和五七年及び同五八年(一八歳、一九歳)には年間一六五万八七〇〇円、②昭和五九年から昭和六三年(二〇歳から二四歳)までは年間二三八万八三〇〇円、③平成元年から平成四年(二五歳から二八歳)までの四年間は年間三六二万八九〇〇円、④平成五年(二九歳)以降は、三四歳までの六年間は年間四九二万二七〇〇円、⑤三五歳以降は年間五三三万六一〇〇円をそれぞれ下回らない収入を得ていたものと思われる。

然るに、和也は、昭和五八年ころからクリーニング屋で下働きをして辛うじて月額四万円程度の給料を得ている(前記第二、二、4の(七))にとどまり、到底、その労働能力喪失率を云々する状況にはない。また、和也の本件予防接種事故後の成育歴及び現在の状況に鑑みれば、今後とも画期的な改善を期待することは殆ど不可能である。そうすると、前記見込み年収額から四八万円を差し引いた残額をもって和也の年間の逸失利益と見るべきこととなる。

そこで、ライプニッツ方式により中間利息を控除して、得べかりし利益の現価を計算すると、次のとおり合計二七七四万二八〇七円となる。

① (165万8700円―48万円)×(12.0853―11.6895)=46万6529円

② (238万8300円―48万円)×(13.7986―12.0853)=326万9490円

③ (362万8900円―48万円)×(14.8981―13.7986)=346万2215円

④ (492万2700円―48万円)×(16.1929―14.8981)=575万2407円

⑤ (533万6100円―48万円)×(19.2390―16.1929)=1479万2166円

(三) 介護ないしは介助のための費用

和也の心身の状態からすると、和也は本件予防接種事故後今日に至るまでは勿論、今後とも生涯に亘り日常生活に介助を要するものと認められ、その要介助期間は和也の本件予防接種事故時の年齢と同年齢の者の平均余命期間である七七年(当裁判所に顕著な平成三年簡易生命表によることとし、一年未満は切り捨てる。)と見ることができる(この点は、以下の場合においても同様の考え方によるものとする。)。

また、その介助に要する労苦は、和也が一八歳ころに成長するまでが最も大きく、まがりなりにも外に働きに出ることができるようになった後はやや軽減されたものと考えられるが、他方、これを金銭に換算するとなると、その基準額は初期のころから時の経過とともに次第に大きくなるものということができる。右のような諸事情を総合考慮すると、①一八歳までは年間六〇万円(月額五万円)、②その後は年間四八万円(月額四万円)とするのが相当である。

そこで、前記(二)と同様の方法で、その現価を計算すると一〇七七万八四八四円となる。

① 60万円×11.6895=701万3700円

② 48万円×(19.5328―11.6895)=376万4784円

(四) 慰謝料

和也本人については七〇〇万円、その両親である第一審原告坂井哲也、同貞子については各三〇〇万円とするのが相当である。

(五) 損害額合計

和也につき四五五二万一二九一円、哲也及び貞子につき各三〇〇万円

7  第一審原告新須玲子

(一) 玲子は零歳時に本件予防接種事故に遇ったものであり、その後現在に至るまでの玲子の状況は前記第二、二、5の(三)及び(四)のとおりである。

(二) 逸失利益

玲子は、本件予防接種事故に遇うことがなければ、無事成長し、一八歳になった平成四年三月の翌四月から六七歳まで就労可能であり、その間、①一八歳、一九歳時には年間一九三万九九〇〇円、②二〇歳から二四歳までは年間二五八万四三〇〇円、③二五歳以降は年間二八六万〇三〇〇円(前記3、(二)の④とほぼ同様の理由により、女子の全年齢平均給与額によった。)をそれぞれ下回らない収入を得ていたものと思われる。然るに、玲子の労働能力は零であるから、右がそのまま逸失利益となる。

そこで、ライプニッツ方式により中間利息を控除して、得べかりし利益の現価を計算すると、次のとおり、合計二一三〇万〇七〇九円となる。

① 193万9900円×(12.0853―11.6895)=76万7812円

② 258万4300円×(13.7986―12.0853)=442万7681円

③ 296万0300円×(19.2390―13.7986)=1610万5216円

(三) 介護費

玲子は、生涯に亘り全介護を要するものと認められ、その要介護期間は八二年と見ることができる。

また、その介護のための労苦は、初期のころもさることながら、玲子が成長し身体が大きくなるにつれてむしろ増大しているものということができ、特に、養護学校の高等部を卒業する平成五年三月後はその世話を専ら家族においてしなければならなくなることが認められるから、その大変さは察するに余りあるものがある。

そうすると、玲子の介護費用としては、①平成五年三月(一九歳)までは年間一二〇万円(月額一〇万円)、②その後は年間一五〇万円(月額一二万五〇〇〇円)とするのが相当である。

そして、本来ならば前記(二)と同様の方法で右の現価を計算すべきところ、いわゆる認定患者である玲子に対しては諸給付金が給付されており、そのうち平成四年三月三一日までに給付された障害児養育年金その他合計一三〇〇万九一〇〇円は玲子の損害額(逸失利益ないし介護費)から控除すべきものである(後記五、3の(二)参照)から、これを①の介護費からまず控除することとし、②についても①の平成五年三月三一日の翌日を基準日にして現価を計算することとする(したがって、これに対する遅延損害金の起算日も右同日となる。)。

右の計算方式に従って計算した介護費の合計額(右諸給付金を控除する前のもの)は五一四一万二五〇〇円となる。

① 一二〇万円×一九=二二八〇万円

② 150万円×19.0750(一九歳から八二歳までの六三年間に対応するライプニッツ係数)=2861万2500円

(四) 慰謝料

玲子本人については九〇〇万円、その両親である第一審原告新須和男、同郁子については各五〇〇万円とするのが相当である。

(五) 損害額合計

玲子につき八一七一万三二〇九円、和男及び郁子につき各五〇〇万円

8  第一審原告吉田達哉

(一) 達哉は零歳時に本件予防接種事故に遇ったものであり、その後現在に至るまでの和也の状況は前記第二、二、6の(三)及び(四)のとおりである。

(二) 逸失利益

達哉は、本件予防接種事故に遇うことがなければ、無事成長し、一八歳になった昭和五九年一〇月の翌昭和六〇年四月から六七歳まで就労可能であり、その間、①昭和六〇年及び同六一年(一八歳、一九歳)には年間一八四万九六〇〇円、②昭和六二年から平成三年(二〇歳から二四歳)までは年間二五六万七五〇〇円、③平成四年以降は、二五歳から二九歳までの五年間は年間四〇七万一一〇〇円、④三〇歳から三四歳までの五年間は年間四九二万二七〇〇円、⑤三五歳以降は年間五三三万六一〇〇円をそれぞれ下回らない収入を得ていたものと思われる。

達哉は、現在、父である第一審原告吉田誠剛のつてで誠剛の勤務する会社に就職し、電動機の組立をする作業に従事しているけれども、左足弛緩性麻痺による運動機能障害があるので、このことによる得べかりし利益の喪失があるものといわなければならない。その場合、達哉の労働能力喪失率を三〇パーセントとして逸失利益を算出するのが相当である。そうすると、達哉の年間の逸失利益は、右各見込み年収額×0.3として算出される。

そして、本来ならば前記7の(二)などと同様の方法で右の現価を計算すべきところ、いわゆる認定患者である達哉に対しては諸給付金が給付されており、そのうち平成四年三月三一日までに給付された障害基礎年金その他合計一二二二万八一七六円は達哉の損害額(逸失利益)から控除すべきものである(後記五、3の(三)参照)から、弁論終結の日に近接した平成五年四月一日を基準日にして、過去の逸失利益である①及び②並びに③のうちの平成五年三月三一日までの逸失利益を計算して、その合計額からまず控除し、それでも足りない分については、その後の逸失利益を右基準日により現価計算した合計額から控除することとするのが相当である(したがって、その残額に対する遅延損害金の起算日も右同日となる。)。

右の考え方により、まず右諸給付金を控除する前の逸失利益を計算すると次のとおりとなる。

① 184万9600円×0.3×2=110万9760円

② 256万7500円×0.3×5=385万1250円

③ 407万1100円×0.3=122万1330円(平成四年分)

407万1100円×0.3×3.5459(平成五年以降の四年間に対応するライプニッツ係数)=433万0714円

④ 492万2700円×0.3×(7.1078―3.5459)=526万0249円

⑤ 533万6100円×0.3×(17.2943―7.1078)=1630万6854円

(三) 介助費

達哉は、一応他人の介助なしに日常生活を維持できる状態であるから、介助を認めることはできない。

(四) 慰謝料

達哉本人については五〇〇万円とするのが相当である。なお、達哉の被害の程度は本件の他の被害児童に比較すれば幸いにも軽いもので済んだわけであるが、健康そのものだった達哉が前記のような後遺障害に苦しむことになったのであるから、その両親である誠剛及び惠子の悲嘆はやはり大きかったものと思われる。特に、達哉が無事就職し、結婚するまでの両親の苦労を考えると、その慰謝料額としては各一五〇万円とするのが相当である。

(五) 損害額合計

達哉につき三七〇八万〇一五七円、誠剛及び惠子につき各一五〇万円

9  第一審原告山村誠

(一) 誠は一歳時に本件予防接種事故に遇ったものであり、その後現在に至るまでの誠の状況は前記第二、二、7の(五)ないし(九)のとおりである。

(二) 逸失利益

誠には、出生時のトラブルにより軽度の脳障害があった可能性があること、誠のそのような負因が本件予防接種事故発生に一定の寄与をしているものと考えられることは前記一、6で見たとおりである。しかし、本件三混予防接種を受けていなくても、右脳障害だけで、いずれは現在見られる程の重大な後遺障害が生じていたことが確実であると断ずるまでには至らないのであるから、結局、右の点を考慮することはできない(前記2、(五)参照)。そうすると、誠は、本件予防接種事故に遇うことがなければ、無事成長し、一八歳になった平成元年一一月の翌平成二年四月から六七歳まで就労可能であったものであり、その間、①平成二年及び同三年(一八歳、一九歳)には年間二一七万六五〇〇円、②平成四年以降は、二〇歳から二四歳までの五年間は年間三一一万〇三〇〇円、③二五歳から二九歳までの五年間は年間四〇七万一一〇〇円、④三〇歳から三四歳までの五年間は年間四九二万二七〇〇円、⑤三五歳以降は年間五三三万六一〇〇円をそれぞれ下回らない収入を得ていたものと思われる。

然るに、誠の労働能力は零というほかはない状態であり、また、誠の本件予防接種事故後の成育歴及び現在の状況に鑑みれば、今後とも画期的な改善を期待することはまず不可能である。そうすると、右がそのまま逸失利益となる。

そこで、ライプニッツ方式により中間利息を控除して、得べかりし利益の現価を計算すると、次のとおり合計三四七四万二五三〇円となる。

① 217万6500円×(11.6895―11.2740)=90万4335円

② 311万0300円×(13.4885―11.6895)=559万5429円

③ 407万1100円×(14.8981―13.4885)=573万8622円

④ 492万2700円×(16.0025―14.8981)=543万6629円

⑤ 533万6100円×(19.2010―16.0025)=1706万7515円

(三) 介護ないし介助のための費用

誠の心身の状態からすると、誠は本件予防接種事故後今日に至るまでは勿論、今後とも生涯に亘り日常生活に介助を要するものと認められ、その要介助期間は七五年(平均余命七六年から本件予防接種時の誠の年齢一歳を引いた年数)と見ることができる。

また、その介助に要する労苦は、誠が一八歳ころに成長するまでが最も大きく、現在はやや軽減されたものと考えられるが、他方、これを金銭に換算するとなると、その基準額は初期のころから時の経過とともに次第に大きくなるものということができ、結局、右要介助期間を通じて年間六〇万円(月額五万円)とするのが相当である。

そこで、前記(二)と同様の方法でその現価を計算すると、60万円×19.4849=1169万0940円となる。

(四) 慰謝料

誠が負っていたものと思われる脳障害について、逸失利益の算定の場面ではこれを考慮しなかったことは前記(二)のとおりであるが、右脳障害によって誠の心身の発達にいずれ相当程度の障害が生じていた可能性を完全に否定し去ることもできない(この点に関する反証がない。)ので、慰謝料額を算出するに際してはこれを考慮せざるを得ない。

そこで、慰謝料額は、誠本人については四〇〇万円、その両親である第一審原告山村賢、同山村照子については各一五〇万円が相当である。

(五) 損害額合計

誠につき五〇四三万三四七〇円、賢及び照子につき各一五〇万円

五第一審被告の抗弁

1  違法性阻却事由の主張について

本件各予防接種の実施が法令及び通達に基づくものであることはその主張のとおりであるが、そのことの故をもって、厚生大臣に前記二のような過失がある本件の損害賠償責任を免れることができないことは多言を要しない。

第一審被告の主張は採用することができない。

2  消滅時効の主張について

(一) 右のうち、国賠法に基づく損害賠償請求権に関する主張は、要するに、①矢冨亜希子、第一審原告坂井和也、同吉田達哉、同山村誠の関係の第一審原告らは、原判決一八七枚目裏から一八八枚目表にかけての「表」の「症状固定日」欄記載の日までには予防接種による損害及び加害者を知ったものというべきであるところ、右第一審原告らが本件訴訟を提起するまでには右の日から既に三年以上を経過しているから、民法七二四条前段の短期消滅時効が成立している、②矢冨亜希子、第一審原告坂井和也、同吉田達哉の関係の第一審原告らは、原判決一八九枚目表の「表」の「申請書作成日」欄記載の日のころには前記損害及び加害者を知ったものであるところ、右第一審原告らが本件訴訟を提起するまでには右の日から既に三年以上を経過しているから、民法七二四条前段の短期消滅時効が成立している、③第一審原告吉田達哉の関係の第一審原告らは、原判決一九〇枚目表の「表」の「推定送達日」欄記載の日のころには前記損害及び加害者を知ったものであるところ、右第一審原告らが本件訴訟を提起するまでには右の日から既に三年以上を経過しているから、民法七二四条前段の短期消滅時効が成立しているというものである。

(二) なるほど、右各被害児の関係の第一審原告らが、①のころ損害発生の事実を知ったことは明らかであるが、民法七二四条前段の「損害及び加害者を知った時」とは、右損害が加害者の不法行為によるものであることを知った時と解すべきであるところ、本件予防接種事故が前記認定のような厚生大臣の過失行為に起因するものであることを右第一審原告らが知っていたことを認めるに足りる証拠はない。

そうすると、この点に関する第一審原告らの再抗弁(時効を援用することが権利濫用であるとの主張)について判断するまでもなく、第一審被告の右主張は採用の限りではない。

3  損益相殺の主張について

(一) 第一審原告新須玲子、同吉田達哉がいわゆる認定患者であり、右両名が、平成四年三月三一日までに、別紙「予防接種健康被害にかかる給付額一覧表」記載のとおり障害児養育年金等の給付を受けていることは、前記第二、二、5の(六)及び6の(六)のとおりである。

(二) 第一審原告新須玲子が支給を受けたもののうち、障害児養育年金七四二万七九四〇円、特別児童扶養手当五五〇万四六六〇円、福祉手当七万六五〇〇円は、いずれも本件請求にかかる逸失利益ないし介護費と同一の性質を有し、相互補完の関係にあるから、これを玲子の損害額(逸失利益ないし介護費)から控除すべきである。しかし、医療費及び医療手当、地方自治体単独給付分は損益相殺の対象とすべきではない。

なお、右控除の具体的な方法については前記四、7の(三)のとおり、過去の介護費からまず控除することとするのが相当であり、これによって計算した玲子の損害額の残額は六八七〇万四一〇九円(逸失利益二一三〇万〇七〇九円、介護費の残額三八四〇万三四〇〇円、慰謝料九〇〇万円)となる。

(三) 第一審原告吉田達哉が支給を受けた障害基礎年金一〇万三八〇〇円は、国民年金法二二条の規定の趣旨に照らせば、これを損害額から控除すべきものと考える。また、後遺症一時金二〇〇万円、後遺症特別給付金九万九〇〇〇円、障害児養育年金二三一万五六〇〇円、障害年金五二六万一三七六円、特別児童扶養手当二四四万八四〇〇円も、いずれも本件請求にかかる逸失利益と同一の性質を有し、相互補完の関係にあるから、これを達哉の損害額(逸失利益)から控除すべきである。しかし、地方自治体単独給付分を損益相殺の対象とすべきではないことは前記(二)のとおりである。

なお、右の控除の方法については前記四、8の(二)のとおりの考え方によることとし、これに従って計算すると、逸失利益の残額は一九八五万一九八一円となる。

(四) 以上によれば、第一審原告新須玲子の損害額は六八七〇万四一〇九円、同吉田達哉の損害額は二四八五万一九八一円となる(ただし、玲子の損害額のうちの介護費及び達哉の損害額のうちの逸失利益については、遅延損害金の起算日がいずれも平成五年四月一日となる。)。

4  その他の主張について

第一審被告は、損害額の算定に当たり、各被害児の身体的素因ないし基礎的疾患を考慮すべき旨主張する(過失相殺の類推)が、これについては前記1、(五)のとおり考えるものであり、また、そのような観点から考慮すべき者(山科美佐江及び山村誠)については、右各被害児の損害額の算定に当たり既に考慮済みである。

更に、第一審被告は、第一審原告新須玲子及び同吉田達哉につき予防接種健康被害救済に基づき将来給付されることが見込まれる分についても、現価に換算した上で控除すべきである旨主張するけれども、右給付が現実になされていない以上これを控除するのは相当ではない(最高裁判所平成五年三月二四日大法廷判決参照)から、右主張は採用することができない。

六弁護士費用

本件訴訟を遂行することは弁護士たる代理人にとっても大変な労力を要したものと認められる。特に、本件においては、その被害者数の割りには非認定患者が多く、また、因果関係が争われる者が多かったことが審理を長期化し、より複雑困難なものにしたことが考慮されなければならない。そこで、因果関係が最後まで争われた者(前田五実、矢冨亜希子、山科美佐江、第一審原告坂井和也、同山村誠)の関係では認容額の一〇パーセントの限度でこれを認め、第一審原告新須玲子の関係においては、当審の途中で因果関係を争わないこととされたこと及び介護費については平成五年四月一日を基準日にして現価計算をしたことを考慮して、認容額の八パーセントの限度でこれを認め、第一審原告吉田達哉の関係では、最初から因果関係が争われなかったこと及び逸失利益の現価計算に当たって平成五年四月一日を基準日にしたことを考慮して、認容額の七パーセントの限度でこれを認めることとするのが相当である(ただし、万円未満はいずれも切り捨てる。)。

そうすると、前田五実の関係においては四四〇万円、矢冨亜希子関係三六八万円、山科美佐江関係一三〇万円、第一審原告坂井和也の関係については、和也本人につき四五五万円、両親につき各三〇万円、第一審原告新須玲子の関係については、玲子本人につき五四九万円、その両親につき各四〇万円、第一審原告吉田達哉の関係については、達哉本人につき一七三万円、その両親につき各一〇万円、第一審原告山村誠の関係については、誠本人につき五〇四万円、その両親につき各一五万円となる。

七結論

1  以上によれば、本件各被害者の総損害額は、前田五実関係分が四八四六万二六八〇円、矢冨亜希子関係分が四〇四八万九四四二円、山科美佐江関係分が一四三〇万円、第一審原告坂井和也関係分が、和也本人につき五〇〇七万一二九一円、哲也及び貞子につき各三三〇万円、第一審原告新須玲子関係分が、玲子本人につき七四一九万四一〇九円、和男及び郁子につき各五四〇万円、第一審原告吉田達哉関係分が、達哉本人につき二六五八万一九八一円、誠剛及び惠子につき各一六〇万円、第一審原告山村誠関係分が、誠本人につき五五四七万三四七〇円、賢及び照子につき各一六五万円となる。

2  死亡被害者である前田五実、矢冨亜希子、山科美佐江については、いずれもその両親である各第一審原告らが右各損害額の二分の一宛相続したことになる。

3  なお、遅延損害金の起算日は、不法行為時である各予防接種の日とするのを原則とするが、前田五実及び矢冨亜希子については、それぞれ接種後二年或いは五年経過後に死亡したものであり、その間の介護費用をも損害として計算し、また、逸失利益の計算においても右各死亡時を基準にして現価を算出しているのであるから、右両名の関係にあっては各死亡時とするのが相当である。また、第一審原告新須玲子の介護費及び同吉田達哉の逸失利益については平成五年四月一日とすべきことも既にみたとおりである。

4  そうすると、第一審原告らの本訴請求は、国賠法一条に基づき

(一) 第一審原告前田安人、同前田喜代子に対し各二四二三万一三四〇円及びこれに対する昭和五二年二月二四日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金

(二) 同矢冨實次、同矢冨富士子に対し各二〇二四万四七二一円及びこれに対する昭和四六年六月二二日から各支払済みまで前同様の遅延損害金

(三) 同山科成孝、同山科ミヨ子に対し各七一五万円及びこれに対する昭和五二年一一月一八日から各支払済みまで前同様の遅延損害金

(四) 同坂井和也に対し五〇〇七万一二九一円、同坂井哲也及び同貞子に対し各三三〇万円並びにこれらに対する昭和三九年月一一日から各支払済みまで前同様の遅延損害金

(五) 同新須玲子に対し七四一九万四一〇九円、及び三五七九万〇七〇九円に対する昭和四九年八月二〇日から、内三八四〇万三四〇〇円に対する平成五年四月一日から、各支払済みまで前同様の遅延損害金、並びに同新須和男及び同郁子に対し各五四〇万円並びにこれらに対する昭和四九年八月二〇日から各支払済みまで前同様の遅延損害金

(六) 同吉田達哉に対し二六五八万一九八一円、及び内六七三万円に対する昭和四二年五月一七日から、内一九八五万一九八一円に対する平成五年四月一日から、各支払済みまで前同様の遅延損害金、並びに同吉田誠剛及び同惠子に対し各一六〇万円並びにこれらに対する昭和四二年五月一七日から各支払済みまで前同様の遅延損害金

(七) 同山村誠に対し五五四七万三四七〇円、同山村賢及び同照子に対し各一六五万円並びにこれらに対する昭和四八年三月二三日から各支払済みまで前同様の遅延損害金

の各支払を求める限度で理由があるが、その余はいずれも理由がないことになる。

なお、このように国賠法に基づく損害賠償請求が認められる以上、これとは選択的併合ないしは予備的併合の関係にあるその余の責任原因に基づく損害賠償請求ないしは損失補償請求については判断するまでもない。

5  以上によれば、これと同じ責任法理により、第一審原告矢冨實次、同矢冨富士子、同新須玲子、同新須和男、同新須郁子、同吉田達哉、同吉田誠剛、同吉田惠子、同山村誠、同山村賢及び同山村照子の請求を認容した原判決はその限りでは正当であり、したがって、この点についてのこれらの第一審原告らに対する第一審被告の各控訴はいずれも理由がないから棄却することとし(ただし、第一審原告矢冨實次及び同富士子の各請求については、第一審被告の控訴並びに右第一審原告らの附帯控訴に基づき、主たる請求の認容額及び附帯請求(遅延損害金)の起算日が前記4の(二)のとおり変更されるものであり、同新須玲子及び同吉田達哉の各請求については、そのうちの一部に対する遅延損害金の起算日を平成五年四月一日からとすることとなるので、その点においては第一審被告の右四名に対する控訴は一部理由がある。)、更に、右第一審原告ら(ただし、第一審原告山村賢及び同照子を除く。)の附帯控訴に基づき原判決の認容額を前記4のとおり変更する(ただし、第一審原告新須玲子の請求のうち損益相殺をした後の介護費用の残額三八四〇万三四〇〇円及び同吉田達哉の請求のうち逸失利益から損益相殺をした後の残額一九八五万一九八一円に対する各遅延損害金の起算日はいずれも平成五年四月一日となる。)。なお、第一審原告山村賢及び同照子の附帯控訴は棄却すべきこととなる。

また、第一審原告山科成孝及び同山科ミヨ子の各請求は、いずれも第一審被告の控訴に基づき、前記4の(三)の範囲で認容すべきことになるから、その旨変更することとし、右第一審原告らの附帯控訴はいずれも棄却すべきこととなる。

ところで、原判決は、第一審原告前田安人、同前田喜代子、同坂井和也、同坂井哲也及び同坂井貞子の各請求について、国賠法その他に基づく損害賠償請求を棄却した上で(もっとも、原判決の主文においては、この点は明示されていない。)、損失補償請求を認容したものであるが、前記4のとおり、当裁判所は、第一審被告の控訴及び右第一審原告らの附帯控訴に基づき、右関係についても国賠法に基づく損害賠償請求について審理・判断した結果、いずれもこれを認容すべきものと考える。そうすると、当審に関する限りでは損失補償請求は審判の対象からはずれることになるから、原判決中右請求を認容した部分は取消しをまたず当然失効することとなる。そして、右第一審原告らの請求についてはその各附帯控訴に基づき認容額が前記4のとおりとなるものである(なお、第一審原告前田安人及び同喜代子の附帯請求(遅延損害金)については、その起算日が前記4の(一)のとおり変更されることとなる。)。

6  仮執行宣言の申立て及び乙事件についての判断

(一) 右のとおり、当審において国賠法に基づく損害賠償請求についての認容額が増加した第一審原告らについても、既に原判決において相当部分につき仮執行宣言が付されていることを考慮し、当審において改めて同宣言を付すまでの必要はないものと考える。

(二) ところで、第一審被告が、民訴法一九八条二項の申立てをする理由として主張する事実関係は弁論の全趣旨により認められる(前記第二、二の12参照)。

そして、第一審原告山科成孝及び同ミヨ子の各請求については、前記4及び5のとおり原判決が変更されるわけであるから、原判決に付された仮執行宣言もその限度で効力を失うこととなる。したがって、第一審原告山科成孝及び同ミヨ子は、右仮執行宣言に基づき給付された各金員(五一三万七九〇四円)につき、右の限度(二七五万四五七一円)で返還すべき義務があるものといわなければならない。

また、原判決において損失補償請求が認容され、これに仮執行宣言が付された第一審原告らについては、右認容部分が失効することにより仮執行宣言もまた失効することとなるから、やはり仮執行によって受領した金額を返還すべき義務を負うものである。

(三) しかしながら、第一審原告山科成孝及び同ミヨ子の請求についての当審の認容額も右両名が仮執行により受領済みの金額を上回るものであり、また、前記(二)後段の第一審原告らについては、当審において、いずれも国賠法に基づく損害賠償請求が認容され、右認容額は原判決のそれをむしろ上回るのであるから、いずれの場合についても直ちに右仮執行による受領分を現実に返還させなければならない理由も必要もないことは明らかである。

そこで、右の返還命令に対しては仮執行宣言を付さないものとする。

また、そうなると、前記(二)後段の第一審原告らはいずれも既に仮執行により受領済みの金員の返還を当面は事実上免れ、これを確保することができるわけであるから、当審で新たに認容された分についても改めて仮執行宣言を付すまでの必要はないものと考えられる。

7  よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官鎌田泰輝 裁判官川畑耕平 裁判官西理)

附帯控訴請求額一覧表

附帯控訴人名

請求金額

内訳

遅延損害金(年五分)

の起算日

損害額

弁護士費用

前田安人

前田喜代子

四九五〇万円

四九五〇万円

四五〇〇万円

四五〇〇万円

四五〇万円

四五〇万円

昭和五〇年一月二一日

矢冨實次

矢冨富士子

四九五〇万円

四九五〇万円

四五〇〇万円

四五〇〇万円

四五〇万円

四五〇万円

昭和四一年二月一日

山科成孝

山科ミヨ子

四九五〇万円

四九五〇万円

四五〇〇万円

四五〇〇万円

四五〇万円

四五〇万円

昭和五二年一一月一八日

坂井和也

坂井哲也

坂井貞子

七九二〇万円

九九〇万円

九九〇万円

七二〇〇万円

九〇〇万円

九〇〇万円

七二〇万円

九〇万円

九〇万円

昭和三九年三月三日

新須玲子

新須和男

新須郁子

一三七五〇万円

一三七五万円

一三七五万円

一二五〇〇万円

一二五〇万円

一二五〇万円

一二五〇万円

一二五万円

一二五万円

昭和四九年八月二〇日

吉田達哉

吉田誠剛

吉田惠子

七九二〇万円

九九〇万円

九九〇万円

七二〇〇万円

九〇〇万円

九〇〇万円

七二〇万円

九〇万円

九〇万円

昭和四二年五月一七日

山村誠

山村賢

山村照子

七九二〇万円

九九〇万円

九九〇万円

七二〇〇万円

九〇〇万円

九〇〇万円

七二〇万円

九〇万円

九〇万円

昭和四八年三月二三日

別表一

会計法三〇条の五年の時効期間

被害児氏名

年月日(事故発生のころ)

矢冨亜希子

昭和四一年二月二日

坂井和也

昭和三九年三月一一日

吉田達哉

昭和四二年六月四日

山村誠

昭和四八年三月二三日

別表二

民法七二四条前段の類推適用による三年の消滅時効

被害児氏名

年月日(事故発生のころ)

前田五実

昭和五〇年一月二二日

矢冨亜希子

昭和四一年二月二日

坂井和也

昭和三九年三月一一日

新須玲子

昭和四九年八月二〇日

吉田達哉

昭和四二年六月四日

山村誠

昭和四八年三月二三日

別紙仮執行宣言に基づく支払額一覧表〈省略〉

別紙予防接種健康被害に係る給付額一覧表〈省略〉

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